パキスタンは裏切り者か、無能なだけか
パキスタンは08年末、ムンバイ同時多発テロを企てたイスラム過激派組織「ラシュカトレイバ」のカシミール地方の拠点を急襲し、首謀者らを拘束した。この一件が、ビンラディン殺害計画をめぐる謎を解明する手がかりになるかもしれない。
パキスタンの立場に立てば、印パが領有権を争うカシミール地方を拠点とするラシュカトレイバの襲撃は、インドとの戦闘を引き起こしかねず、何のメリットもなかった。それでも、襲撃作戦は実行された。おそらくパキスタン上層部の知らないうちに、当局の誰かの支援を受けて。
ラシュカトレイバの活動は当初、カシミール地方に限られており、インド国内のホテルを狙った無差別テロを起こすような組織ではなかった。だが、ひとたびパンドラの箱が開けられると、中から出てきた怪物をコントロールするのは不可能だった。
想像してほしい。ソ連の支援を受けた中米の共産主義勢力に対抗するため、アメリカはニカラグアで右派武装勢力「コントラ」を組織した。だが、もしもコントラがソ連国内のホテルを狙ったテロ攻撃を仕掛けていたら、米ソ戦争のリスクは著しく高まっただろう。
リスクが現実になったケースもある。かつて、ソ連のアフガン侵攻を阻止するためにアメリカが支援した勢力こそ、アメリカにとって最大の敵アルカイダの生みの親だ。
アフガン戦争の命運はパキスタンの手に
さらに気がかりな疑問もある。パキスタンの情報機関内部にビンラディンの信奉者がいて、自分の上司やアメリカ側に知られないようにビンラディンの安全を図っていたのではないかという謎だ。
実際、パキスタンのムシャラフ首相の暗殺未遂のいくつかは、内部の犯行と見られている。インドのインディラ・ガンジー首相も、自らのボディガードに殺害された。
どうやらパキスタンには、アメリカに協力的な勢力が存在するのと同時に、アメリカの国益を損なおうとする勢力がいると言えそうだ。ジョージ・W・ブッシュ前米大統領は「我々の側につくか、テロリストの側につくか」という二者択一を迫った。だが、そんな二元論はアメリカでは現実的でなかったし、パキスタンにも決して当てはまらないだろう。
米パ関係は、ブッシュ的な単純化された図式とは程遠い複雑さを秘めている。アメリカは、パキスタンの言動に「二重基準」があると批判しがちだ。パキスタン国内のタリバンと戦う一方でアフガニスタンで米兵を殺すタリバンの一派を匿っている、と。だが両国が直面しているゲームは、「二重」という言葉ではとても言い表せないほど複層的に入り組んでいる。
パキスタンへの支援の削減を求めるアメリカの政治家は、アフガニスタン駐留米軍への物資の8割がパキスタンのカラチ経由で供給されていることを忘れているのではないか。昨年秋にパキスタンが国境のカイバル峠を封鎖し、国内での米軍の軍事行動に抗議の意思を示した際には、ペシャワルに向かう道沿いに焼き討ちにあったタンクローリーが多数捨てられていた。そこに積まれた石油はアフガニスタンの米軍に供給されるはずだったもの。つまり、パキスタンはその気になれば、米軍のアフガニスタン戦争への供給ルートを遮断することができる。
ビンラディンをめぐって今も続く不吉な物語には、欧米とイスラム社会の断絶を象徴する教訓が含まれている。ビンラディンが逃亡を続けた10年近い歳月の間に、情報提供者への懸賞金は果てしなく吊り上げられた。なのに、世界一のお尋ね者の居場所を密告した者は誰一人としていなかった。