最新記事

視点

W杯開催国決定の地政学的意味

資本主義と民主主義の国家モデルは後退し、これからは先進国が新興諸国の流儀に合わせることになる

2011年1月11日(火)17時15分
ピーター・タスカ(投資顧問会社アーカスリサーチのアナリスト)

 本気のスポーツは銃弾の飛び交わない戦争だと看破したのは、偉大な作家ジョージ・オーウェル。英国サッカー界の伝説的監督ビル・シャンクリーに言わせれば、サッカーは生き死にの問題ではなく、それ以上だ。

 それほど大事なことならば、2018年と22年のワールドカップ開催国の選考過程を振り返ってみることにも意味があるだろう。先日の投票で、ロシアとカタールはアメリカとイングランド、日本に圧勝した。08年の世界金融危機後の地政学的な現実に照らせば当然の結果。金余りの新興諸国が借金漬けの先進諸国を蹴落とすぐらい朝飯前だ。

 落選組は審判の判定にブーイングで応えた。アメリカのバラク・オバマ大統領は、いささか傲慢にFIFA(国際サッカー連盟)の選択は間違っているとコメントした。これにはFIFAが、サッカー界にとって有望な新市場を開拓するという戦略に基づいた決定だと反論している。イギリスには不正工作を指摘する声もある。そうでなければ事前の評価でトップだったイングランドが最下位になるはずがないというわけだ。

 ありそうな話だが、サッカーもビジネスである以上、高成長の期待できる新興国市場に注目するのは当然だろう。世界銀行によれば、向こう20年間に見込まれる経済成長の62%はBRICs(ブラジル、ロシア、インド、中国)からもたらされ、G7諸国の貢献率は13%にすぎないとか。つまり、試合の放映権料やスポーツウエア、その他関連商品の売り上げで今後も大きく稼げそうなのは、古い大国ではなく新興国市場なのである。

 サッカーが新興経済圏に引かれる理由はほかにもありそうだ。もともと資金面の不透明さを指摘されているFIFAが、英国政府に開催したければマネーロンダリング規制の適用除外を保証するよう求めていたというのも興味深い。FIFAのジョセフ・ブラッター会長は投票直前のスピーチで、英国メディアの調査報道への警戒感を訴えた(実際、英紙の報道で収賄容疑を暴かれた2理事は投票に参加できなかった)。

ポスト冷戦の常識は過去のものに

 ロシアで開催すれば、そんな心配は要らない(ウィキリークスが暴露したアメリカ政府の公電によれば、ロシアではマフィアと政府が裏で通じているらしい)。カタールにも、うるさいメディアや強力な野党は存在しないに等しい。

 サッカーだけではない。産業界も新興国市場に秋波を送っている。そこではこの先も莫大なインフラ整備需要が見込まれているし、その入札では欧米諸国の大手企業が新興国の有力企業と初めて競り合うことになるはずだ。

 アメリカ勢やイギリス勢は、そこでも敗退するのだろうか。これもウィキリークスの暴露ネタだが、アンドルー英王子は英防衛産業大手とサウジアラビアの取引をめぐる不正の調査など「ばかげたこと」だと言い放ち、新興国市場で何とか足場を築きたい実業家たちの喝采を受けたという。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

日中韓が米関税へ共同対応で合意と中国国営メディアが

ワールド

ロシアと米国は関係正常化に向け一歩踏み出した=中国

ビジネス

午前の日経平均は反発、自律反発期待の買い 米関税警

ビジネス

自民党財政改革検討本部が初会合、骨太健全化目標議論
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 2
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者が警鐘【最新研究】
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 5
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 6
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 7
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2…
  • 8
    3500年前の粘土板の「くさび形文字」を解読...「意外…
  • 9
    メーガン妃のパスタ料理が賛否両論...「イタリアのお…
  • 10
    なぜ「猛毒の魚」を大量に...アメリカ先住民がトゲの…
  • 1
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き詰った「時代遅れ企業」の行く末は?【アニメで解説】
  • 2
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 3
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 4
    【独占】テスラ株急落で大口投資家が本誌に激白「取…
  • 5
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥ…
  • 6
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 7
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】アメリカを貿易赤字にしている国...1位は…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中