最新記事

日中関係

日米弱体化のスキが生んだ尖閣問題

資源を求めてますます日本近海に執着する中国は、日米間の政治空白に乗じて領土拡張の試運転をしている

2010年9月21日(火)18時08分
ジョナサン・アダムズ(台北)

もう自制しない 北京の日本大使館前で行われた9月18日の抗議活動。日の丸には「日本人は釣魚台(尖閣諸島の中国名)から出て行け」の文字が Jason Lee-Reuters

 尖閣諸島付近で日本の巡視船と中国漁船が衝突したことから始まった領有権争いは、近年の日中関係のなかで最悪の対立に発展しつつある。

 事件発生から約2週間を経ても解決の見込みは立たず、中国は激しく日本を非難するだけでは飽き足らず、一連の厳しい報復措置を打ち出した。中国国営新華社通信によれば、中国は日本との閣僚級交流の停止を決めたほか、日中間を結ぶ航空路線の増便交渉や日中石炭関係総合会議、東シナ海ガス田開発の条約締結交渉などの停止や延期を決めた。尖閣諸島が属する沖縄県の石垣簡易裁判所が9月19日、日本の巡視船に衝突した中国漁船の船長の拘置期限を10日間延長すると決定したことで、中国側は一段と態度を硬化させた。

 この対立が近く武力衝突に発展すると予想する声はないが、今後数年にわたる東アジア地域の安全保障を脅威にさらしていることは確かだ。今回の問題で明らかになったのは、第2次大戦後も65年間に渡って日中関係の深部にくすぶり続けてきた相互不信と憎悪。そしてその溝を埋めるための外交努力が、今までのところは失敗だったということだ。「日中両国は現在のところ、和解に必要な賢明さと能力を欠いている」と、上海にある復旦大学の国際関係教授、沈丁立(シェン・ティンリー)は言う。

 対立の影響はアジアの2大国間だけにとどまらない。台湾は14日、尖閣諸島の領有権を主張して同地に向かった台湾人活動家の抗議船を護衛するため、湾岸警備船を派遣して騒動に加わった(抗議船は、日本の海上保安庁とにらみ合った末、引き揚げた)。

アメリカは守ってくれるのか

 アメリカも横槍を入れている。ある米国防総省幹部は日中対話で問題を解決するよう求め、別の米高官は、アメリカには日本を防衛する義務があることを中国に思い出させた。「中国は、日米両政府の関係は冷め切っており、アメリカは他のことに気を取られていると感じたのではないか」と、先週日本にいたリチャード・アーミテージ元米国務副長官はメディアに語った。「だから中国は、アメリカがどこまで見逃してくれるかを試している」

 アメリカは尖閣諸島の領有権の帰属については判断を保留している。だが沖縄返還以来日本政府の施政下にある以上、日米安全保障条約が適用されると、米当局者たちは言う。つまり、もし尖閣諸島で日中が軍事衝突することになれば、理論上アメリカは日本の助けに馳せ参じるということだ(ただし、領有権を認めたわけでもないのにそんな負担はバカげていると鼻で笑うアメリカの専門家もいる)。

 今回の事件への日本の海保の対応はこれまでより厳しかったと指摘する声もある。従来日本は、拘束した人々をすぐに釈放してきた。だが現政権の経験不足と内輪もめが、ちょっとした小競り合いを外交上の大問題にまで発展させてしまう隙につながった。それが、中国漁船船長の逮捕・拘留だ。

 同志社大学の村田晃嗣教授(法学部)は、この意見に賛成する。中国は日本政府を試すため、内政の混乱に便乗しているという。菅直人首相は就任3カ月で迎えた民主党代表選で続投を決めたばかりだ。「中国の挑発によって菅新政権は、日米安全保障を強化し、自衛隊の位置づけとその予算についても見直そうとするかもしれない」と、村田は言う。台湾では日本メディアの報道を受けて20日、日本は72年以来で初めて「南西諸島」を焦点とした陸上自衛隊の1万3000人規模の増員を検討していると報じた。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正

ワールド

イスラエル政府、ガザ停戦合意を正式承認 19日発効

ビジネス

米国株式市場=反発、トランプ氏就任控え 半導体株が

ワールド

ロシア・イラン大統領、戦略条約締結 20年協定で防
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 3
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさかの密航者」をCAが撮影...追い出すまでの攻防にSNS爆笑
  • 4
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 5
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 6
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 7
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 8
    「ウクライナに残りたい...」捕虜となった北朝鮮兵が…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    雪の中、服を脱ぎ捨て、丸見えに...ブラジルの歌姫、…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 5
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 6
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 7
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 10
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──…
  • 7
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 8
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中