オランダに負けてほしいワケ
負ける芸術集団のイメージが定着
クライフを擁した74年大会のチームは初戦から6試合、ブラジルやアルゼンチンといった強豪も含めて敵を圧倒して勝ち上がった。6試合で計14得点をあげ、許した失点はわずか1点。
迎えた西ドイツとの決勝戦では、キックオフ直後、オランダは西ドイツの選手がボールを触るより前にファーストゴールを決めていた。だが彼らはあまりにも自信過剰になっていた。前半25分、西ドイツがペナルティキックで同点に追いつくと、オランダチームは崩壊。最終的に2対1で破れた。
政治的な色合いが強かった78年のアルゼンチン大会。2年前に軍事クーデターが起きた直後に開催された大会で、オランダは前回ほど圧倒的な力を発揮できなかった。クライフも他の多くの選手と同様、軍事政権に対する抗議として出場を拒否した。それでもオレンジ軍団は開催国相手の決勝戦まで駒を進め、ブエノスアイレスの7万人の観衆が見守る完全アウェーの状況で、緊張感のある試合を戦った。だが結局は延長戦で2点を失い、3対1で散った。
こうして生まれたのが、オランダのサッカーは芸術的だが不安定、というイメージだ。美しきトータルフットボールがほころびを見せればもろくも敗れ去ってしまう。だがこのイメージはまったく正しいというわけではない。トータルフットボールは勝つために編み出されたもので、芸術の真似ごとがしたかったわけではない。
それにオランダ人は「トータルフットボールでサッカーの理想的なプレースタイルが完成した」と、この戦術の優位性を誇ることで、西ドイツへの屈辱的な敗北に耐えてきた。クライフは「美しいサッカー」を体現した教祖的な存在となり、オランダ代表がトータルフットボールを捨てた後も、常に3トップで戦うべきだと主張。「プレースタイルを評価されることに勝るメダルはない」などと言い放った。
スポーツ哲学として、クライフの主張は正しいとは言えない。試合は勝つために戦うのであり、理想のプレーを披露するためのものではない。
時を経てサッカーの戦術が進化してきたこと、さらに私が想像するに称賛を得ても勝利が得られない代表をめぐって焦りが生じたことで、オランダは徐々にトータルフットボールから脱却し始めた。より実利的で荒削りなスタイルへと進みだしたのだ。08年まで代表を率いたマルコ・ファン・バステン監督の下、彼らは前がかりな4-3-3のフォーメーションから、カウンター重視の4-2-3-1へと移行していった。
「ティキタカ」の起源はクライフ
今回のオランダ代表は華やかさをさらに失ったチームだ。右サイドから中央に切り込むアリエン・ロッベンの動きに頼り切っている。彼らが勝ち残ったのはディルク・カイトの不恰好ながらも豊富な運動量と、マルク・ファン・ボメルの中盤での激しいラフプレー、そして多くの偶然に助けられたからだ。ベルト・ファン・マルヴァイク監督もあらゆる場面で、チームをトータルフットボールの遺産から距離を置かせようとしてきた。勝つためにここにいる、と彼は言う。ほかの何のためでもない、と。
確かにそのやり方で彼らは勝ち進んできた。しかしサッカーは美しくあるべきという文化は、オランダに限らず世界の多くの国に根付いている。
ほかのメジャーなスポーツと比べてサッカーの試合は、簡単に支離滅裂なものになってしまう。これぞサッカー嫌いの人たちが「サッカーはつまらない」と言う理由の1つだ。規則性のないプレーと適当なキックばかりでは、ゴールが決まっても偶然の産物としか思えない。慎重な試合運びを好むチームは、秩序のない動きを心がけ、相手のプレーを混乱させ、長時間にわたる膠着状態を生み、ラッキーなバウンドを祈りながら前線のストライカーに向かってやみくもにロングボールを入れる。
ほかのスポーツでは、偉大なチームとは敵を打ち倒すもの。だがサッカーの偉大なチームとは敵だけでなく、ゲームそのものにも打ち勝つ。つまり美しい試合を展開してくれるのだ。サッカーを批判しているように聞こえるかもしれないが、それはあなたが素晴らしいサッカーを自分の目で見ていないからだ。
美しくスタイリッシュなプレーは勝利より重要ではない。だがスタイリッシュにプレーするチームは試合を見る価値を高めてくれる。つまり勝敗とは関係ない大事なものを見せてくれる。クライフとトータルフットボールの時代、オランダは世界の誰よりもスタイリッシュにプレーしていた。
だがここ数年、この地位にいるのはオランダではなくスペインだ。「ティキタカ」の愛称で知られるプレースタイルは華麗にパスをつなぎ、根気よく相手を崩し、コンスタントにプレスをかけるというもの。トータルフットボールとは違うが、起源はFCバルセロナの監督を8年間務めたクライフにさかのぼることができる。
スペインのスタイルはトータルフットボールと同じく整然とし、同じく美しいアプローチだ。だからこそ私はスペインに優勝してほしい。オランダが嫌いだからではない。かつてのオランダをあまりにも愛しているからだ。
(Slate.com特約)