オランダに負けてほしいワケ
「トータルフットボール」戦術の伝統を捨てたオレンジ軍団より華麗なパスをつなぐスペインの優勝を願う
ロッベン頼み 準決勝のウルグアイ戦、後半28分にヘディングで決勝ゴールを決めたロッベン(右、7月6日) Kai Pfaffenbach-Reuters
すべてのサッカーライターと同じく、私もノスタルジックな気持ちにひたってしまう傾向がある。そしてすべてのサッカーライターと同じく、私もオランダ代表を愛している。
7月11日、サッカーワールドカップ(W杯)の決勝戦でスペインと激突するオランダは、サッカー界で最も華麗なる敗者だ。オランダ代表といえば、かつて自分たちの美しいプレーを追い求めて散った、あの世代の選手たちを思わずにはいられない。
それは70年代。ヨハン・クライフを中心に据えたチームは、スリリングなプレースタイルで戦術的革命をもたらしたにもかかわらず、2大会連続で決勝で負けた。しかも記憶に残る、衝撃的なかたちで。
こうしてオランダ代表は「退屈な勝利より美しい敗北」というロマンを求めるサッカーファンにとってのアイコンとなった。一方でこれは、普通に勝利して優勝トロフィーを母国に持ち帰りたいチームにとっては厄介な伝説だ。それでも今年のオランダ代表はこの呪縛から解き放たれるべく奮闘し、何百万人ものファンが彼らの優勝に夢を託している。
なのに私は個人的に、彼らに敗北を味わってほしいと願わずにはいられない。
「トータルフットボール」で始まったオランダサッカーの伝説は宿命的な終わりを迎えた。トータルフットボールとは、ポジションにこだわらず全員攻撃・全員守備で戦うスタイルで、これが70年代の代表チームが生んだ戦術だ。
オランダはもう何年もトータルフットボールで戦っていない。現在の代表チームは、むしろこれに反するシステムで戦っている。だが彼らがどんなスタイルを採用しようと、そのプレーに注がれる視線には常にオランダ伝統のトータルフットボールがついてまわる。
トータルフットボールは、クライフの型破りなプレースタイルを生かすために考案された、アグレッシブで自由が利く戦術だ。クライフはセンターフォワードという自身のポジションから離れて動き回るスタイルを好み、チームは彼の動きに合わせて素早く陣形を立て直していった。
そのためトータルフットボールでは、流動的なポジション交換や、空いたスペースへの飛び込み、迅速なフォーメーションの調整が強調される。敵にスペースを与えないためにディフェンスのバックラインを上げて、オフサイドトラップで相手のチャンスを潰す。執拗な攻撃的スタイルは、見る者をワクワクさせただけでなく、チームをあと一歩で世界王者のところまで導いた。