最新記事

欧州政治

ヨーロッパに忍び寄るネオ排外主義

ユダヤ人やイスラム教徒を標的にする極右政党の躍進が各国で相次ぐ不気味

2010年5月26日(水)15時38分
デニス・マクシェーン(英労働党下院議員、元欧州担当相)

 ヨーロッパに新たな分断が生まれている。かつての鉄のカーテンとは違って、今回の「壁」は異質なものに対する強い拒否反応。西ヨーロッパではイスラム教徒、東ヨーロッパではユダヤ人とロマ人、同性愛者が標的になっている。

 オランダでは3月3日の地方選で、イスラム教徒排斥を唱える極右の自由党が主要都市で躍進。続いて4月11日にはハンガリーで国会議員選挙の第1回投票が行われ、「ユダヤ資本」が「世界をむさぼり食おうとしている」と攻撃するフィデス・ハンガリー市民連盟が、過半数の票を獲得した。

 フィデスよりもあからさまに反ユダヤ主義を掲げる極右政党ヨッビクも、今回初めて26議席を獲得し、従来の政権与党である社会党と2議席差に迫った。初の国会進出を果たしたヨッビクの幹部たちは、ネオナチ風の制服を着て登院したいと考えている。

 最近の政治学者はこうした勢力を「反ユダヤ主義」ではなく「急進的ポピュリズム」と表現したがる。だがヨーロッパの歴史を学んだことのある人なら、政治的にユダヤ人が迫害された時代との共通点は無視できないはずだ。

「悪いのはユダヤ資本」

 世界的な不況のあおりを受けて有権者が失業や所得減に苦しむなか、スケープゴートを求める風潮がかつてと同じ有害な政治を生み出している。

 フィデスのオルバン・ビクトル党首は、ハンガリーが共産主義から脱却した頃は熱心な市場経済論者だった。しかし今はナショナリズム色の濃い主張を展開している。

 ユーロ圏諸国に(今のところ)救済してもらっているギリシャと違い、通貨フォリントが下がり続けているハンガリーは孤立無援だ。市民は景気の良かった頃に組んだユーロ建ての住宅ローンや自動車ローンの返済に苦しんでいる。

 悪いのは社会党政権やグローバル化、国際資本だとする声はよく聞く。しかしフィデスは、さらに踏み込んだ主張を展開。同党のモルナール・オスカル議員は「グローバル資本やユダヤ資本ではなく、ハンガリーの利益を最重視すべき時だ」と訴えた。

 ヨッビクはハンガリーで15%近い支持率を獲得。一方、チェコではミレク・トポラーネク前首相が、ユダヤ人や同性愛者に対する差別的な発言を連発したせいで、5月の選挙を前に市民民主党の党首辞任に追い込まれた。

多様性と民主主義への嫌悪

 ポーランドの政治学者ラファル・パンコウスキは新著『ポーランドにおけるポピュリスト急進右派』で、こう指摘している。「反ユダヤ主義はポーランドの右派ポピュリストにとって重要な要素だ。現在ユダヤ人の人口は歴史上最も少ない水準にあるが、反ユダヤ主義は多様性と自由民主主義に対する嫌悪感を暗示している」

 4月10日に政府専用機の墜落事故で死亡したレフ・カチンスキ大統領ら政府要職者を悼む間は、ポーランドでの偏見論争も「休戦状態」が続くだろう。だがカチンスキが党首を務めていた政党「法と正義」の中に、不快な言動を繰り返す議員がいるのは確かだ。

 ポーランド選出の欧州議会議員ミハウ・カミンスキは、チリの独裁者だった故アウグスト・ピノチェトを公然と称賛し、欧州議会で急進的な会派を組織。同性愛者を口汚く罵り、第二次大戦中にポーランドで起きたユダヤ人虐殺については、「ユダヤ人がポーランド人を殺したことを謝罪するなら」謝罪してもいいと言い放った。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏とゼレンスキー氏が「非常に生産的な」協議

ワールド

ローマ教皇の葬儀、20万人が最後の別れ トランプ氏

ビジネス

豊田織機が非上場化を検討、トヨタやグループ企業が出

ビジネス

日産、武漢工場の生産25年度中にも終了 中国事業の
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口の中」を公開した女性、命を救ったものとは?
  • 3
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 6
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 7
    足の爪に発見した「異変」、実は「癌」だった...怪我…
  • 8
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 9
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 10
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 3
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 4
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?.…
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 8
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 9
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 10
    【クイズ】世界で最もヒットした「日本のアニメ映画…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 6
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 7
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中