最新記事

北朝鮮

クリントン訪朝で金正日の高笑い

米政府は沈黙しているが、クリントンを選んだのは記者解放以外のねらいもあるからだ

2009年8月5日(水)17時39分
マイケル・ハーシュ(ワシントン支局)

セカンドチャンス クリントンにとって、金正日との交渉は大統領時代にやり残した仕事だ(8月4日、平壌) Reuters

 8月4日、ビル・クリントン元米大統領の電撃的な訪朝を受け、北朝鮮は拘束していた2人のアメリカ人記者、ローラ・リンとユナ・リーの特赦を発表した。

 北朝鮮メディアは、クリントンがバラク・オバマ米大統領からの北朝鮮に対する謝意などの口頭メッセージを伝えたと大々的に報道。一方で米政府はこれを否定し、クリントンの訪朝は記者の釈放を求めるための「完全にプライベートな」行動にすぎないとコメントした。

 実際のところ、今回の訪朝の真意はどこにあるのか。それを読み解くカギは、約10年前にあるようだ。任期切れを目前に控えた当時のクリントン大統領が、北朝鮮の金正日(キム・ジョンイル)総書記を相手に繰り広げていた外交政策だ。

 当時、アメリカと北朝鮮は合意まであと一歩のところまで迫っていた。北朝鮮はすべてのミサイル輸出をやめ、ミサイル開発、実験、配備も中止する。その見返りに、北朝鮮は外交相手として全面的に認知され、アメリカと日本から多額の援助を得る。そして何より、米大統領の平壌訪問が実現するはずだった。これは、マデレン・オルブライト米国務長官(当時)の上級顧問だったウェンディ・シャーマンや、その他の政府関係者が私に語ったことだ。

 シャーマンをはじめとする北朝鮮専門家は、金がクリントン訪朝を強く望んでいるのは明らかだったと振り返る。これが実現すれば金政権の正当性が認められ、安全保障も手に入れることができるからだ。

「元大統領の私的訪問」作戦には前例も

 00年10月、クリントンと北朝鮮のナンバー2である趙明禄(チョ・ミョンロク)国防委員会第一副委員長の極秘会談がワシントンで行われ、趙は金本人からの伝言としてクリントンを北朝鮮に招待した。その1週間後、オルブライトによる歴史的な訪朝が行われたのは、大統領の北朝鮮訪問を実現する事前作業の意味合いがあった。

 北朝鮮を訪れたオルブライトは金とともにスタジアムに姿を見せ、98年に発射されたテポドン1号を描くマスゲームを鑑賞した。その場に居合わせたシャーマンによると、金は威勢よく、期待に胸を膨らませた様子でオルブライトにこう言ったという。「あれはあのミサイルの最初の発射実験だった。そしてきっと最後になるだろう」

 これは、94年を最後になかなか進展しなかった米朝交渉がハイライトを迎えた瞬間だった(94年にはクリントンは、北朝鮮の核開発凍結と引き換えに援助と軽水炉を提供する米朝枠組み合意を成立させた。注目すべきなのは、この合意がやはりジミー・カーター元大統領による訪朝に端を発していたことだ。当時も今回と同様、政府は「プライベートな訪問」としていた)。

 だが、北朝鮮が示唆したミサイル発射停止の交渉は失敗に終わる。北朝鮮が韓国と日本に対する抑止力としていたノドンミサイルを、ミサイル発射の猶予(モラトリアム)から排除するよう求め、さらに任期切れ直前のクリントンが中東和平交渉で忙しくなったからだ(この中東和平交渉も失敗に終わった)。

 結局、クリントンの訪朝は実現しなかった。その数カ月後に金正日は、新しく大統領に就任したジョージ・W・ブッシュが前任者とはまったく異なる考えを持っているのを知ることになる。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必死すぎる」「迷走中」
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 8
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 9
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中