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イラン神権国家の壁は崩れず

大統領選後のデモが民主化につながらない理由

2009年8月4日(火)12時51分
ファリード・ザカリア(本誌国際版編集長)

 このところイランから流れてくる写真や映像を見ると、1989年の東欧が思い起こされる。当時、市民が街頭に出て政府に抗議すると、盤石とみられていた共産党政権が思ったより脆弱で、あっという間に崩壊してしまうことが証明された。

 東欧の共産主義に取って代わったのは自由な民主主義だ。イランでも、こうした大規模なデモによってビロード革命(民主化に成功したチェコスロバキアの革命)のイスラム版が起きる可能性はあるだろうか。

 結論から言うと、可能性はあるが、極めて低い。今回の騒乱で体制側には亀裂が生じた(長期的に見れば致命的な傷だ)が、保守派は十分な武力と資金力を駆使して自分たちの権力基盤を固めるだろう。

 89年に1バレル=20ドル以下だった原油価格は、現在69ドルになっている。それに、30年前のイラン革命当時に米カーター政権の国家安全保障問題担当大統領補佐官だったズビグニュー・ブレジンスキーが指摘するように、89年の東欧革命は例外だったのである。あれが独裁打倒の民衆運動にとって歴史的な先例となり得ないことは、既に証明されている。

 近代社会を動かす最も大きな力は民主主義と宗教、そして民族主義だ。20年前の東欧では、この3つの力が1つになって、政権側に対峙した。市民は自由と政治参加の権利を奪う体制を嫌悪し、信心深い人々は宗教を禁止する無神論者の共産党指導者たちを軽蔑した。そして誰もがソ連の帝国主義を嫌い、自国政府がソ連の言いなりになるのを許さなかった。

聖職者が政治介入する可能性は低い

 イランの状況はもっと複雑だ。民主主義は、どう見ても抑圧的な政権と相いれない。しかし宗教界が政権を脅かす側に回るとは考えにくい。イラン人の多くは神権政治(統治者が神の代理人として絶対権力を主張して支配する政治形態)に辟易しているが、宗教そのものに愛想を尽かしてはいない。現職大統領のマフムード・アハマディネジャドに票を投じた人の多くは、信心深い地方の貧困層だとみられている。

 イランにも、宗教を体制打倒に動員できるシナリオが1つだけある。隣国イラクのイスラム教シーア派最高位聖職者アリ・シスタニ師が、ファトワ(宗教令)を出してイラン政府を非難することだ。シスタニはもともとイラン人で、シーア派全体で最も尊敬されている聖職者と言っていい。

 しかも、イランの建国理念である「ベラーヤテ・ファギーフ(法学者による支配)」に反対し、聖職者は政治に介入すべきではないとの立場を貫いている。シスタニがイランの現政権を非難すれば、イラン国内に激震が走るだろう。ただし、シスタニがイランを公然と非難するとは考えにくい。

 では民族主義はどうか。イランの支配層は昔から、民族感情を巧みに利用してきた。革命の指導者ルホラ・ホメイニ師は、当時のシャー(国王)がアメリカの言いなりだと非難することで民衆の支持を得た。革命の直後にイラクが攻めてきたときも、宗教指導者たちは国民の民族意識をあおった。

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