最新記事
環境温暖化防げぬなら冷やせ
温室効果削減の決定打が見つからないなか地球を強制的に冷却する地球工学が注目されている
ドイツのハイリゲンダムで6月8日に閉幕したG8サミット(主要国首脳会議)。参加国は、温室効果ガスの排出量を2050年までに半減させるという目標を「真剣に検討する」ことで合意した。早くから半減で合意に達していたカナダやEU(欧州連合)、日本に対し、アメリカは目標設定を渋っていたが、ジョージ・W・ブッシュ米大統領が土壇場で譲歩。亀裂を回避した格好だ。
だが問題の根は別にある。たとえ先進国が温室効果ガスを削減したとしても、それは世界の排出量の一部にすぎない。それに二酸化炭素(CO2)排出の主因でもある産業界の対応は鈍い。
使用の制限が最も困難なのは、安価で豊富な石炭だろう。操業を開始したばかりの石炭火力発電所の多くは、2050年になっても稼働しているはずだ。先進的な発電所が普及するには数十年かかる。
世界最大の温室効果ガス排出国に来年なる見込みの中国が、サミット直前に鳴り物入りで打ち出した気候変動対策計画も新鮮味はなかった。つまり、温暖化は避けられないということだ。
温暖化防止に対する悲観論から、「地球工学」による地球の強制冷却を真剣に考える科学者も現れている。こうした考えは新しいものではないし、危険も伴うが、今後注目を集める可能性は大いにある。
期待できる「鉄散布」作戦
気象研究者らは1950年代以降、農作物の収穫を安定させるために雨雲のコントロールを夢見てきた。環境に対する地球規模の挑戦の第一歩といえるだろう。
実際、数十年前に初めて地球温暖化論が発表された際、宇宙空間または砂漠に鏡を置くことを唱えた専門家もいる。大気中の温室効果ガスを相殺するため、太陽光の一部を屈折させるというかなり大雑把なアイデアで、実行にはいたらなかった。地球の温度を決める要因は複雑で、太陽光の総量だけで測れるものではない。
最近の計画は、やはり危険性はあるものの、より現実的にみえる。たとえば、海藻の栄養分となる鉄を海に散布し、海藻がCO2を吸収する光合成を活性化させるというもの。鉄が不足している海域にまけば、海藻が繁殖され、さらに多くのCO2が削減されるだろう。
自然界の鉄の量と「鉄散布」実験の結果から、この仮説には期待がもてる。だが生態系に手を加えることで、海洋生物に恐ろしい異常が起きる可能性もある。
地球工学論議の口火を切ったのは、ノーベル賞科学者のパウル・クルッツェンだ。彼は科学誌「気候変動」の06年8月号で、大砲やジャンボ機などで成層圏に硫黄粒子をまくという、70年代のロシアの考えを復活させた。硫黄には、太陽光を反射させるエアロゾルや雲を発生させる働きがある。
この計画にも難点がある。オゾン層に穴を開けるような危険な化学反応が起きるかもしれない。さらに硫黄は、酸性雨や呼吸器系疾患を引き起こす可能性もある。それでも真剣に検討するに値すると、クルッツェンは言う。温暖化を放置するほうが悪い結果をもたらすかもしれないからだ。
多国間協力不要のリスク
大気中への硫黄散布は自然界でも起きている。たとえば91年に起きたフィリピンのピナツボ山噴火には、地球の冷却効果があった。
環境保護活動家は地球工学的アプローチを、緊急の課題である排出量削減から目をそらすものだとして一蹴するだろう。だが温室効果ガスの排出削減が進まず、温暖化への適応が求められるなか、地球工学に基づいた対策はさらに注目を集めるはずだ。
ただし、少なくとも二つの難題がある。まず地政学を混乱させかねないこと。CO2削減には多国間協力が必要だが、地球工学的取り組みは数カ国または1カ国でも実現できる。となれば、誰が安全性を判断するのか。他国が納得しなかったらどうするのか。
第二に、人間と自然の関係だ。地球温暖化はすでに生態系に影響を及ぼしているが、環境保護のために、特別な生態系を築けばいいという発想が出てくるだろう。
だが人間が地球を管理することになれば、それは地球を動物園に変えるのと同じことになるのかもしれない。
(筆者はスタンフォード大の「エネルギーと持続可能な開発講座」のディレクターでもある)
[2007年6月27日号掲載]