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アジアアフガニスタンの「民主化疲れ」
5年前の大統領選で1票に託した希望が失望に変わり、南部のパシュトゥン人に選挙への無関心が広がっている
迫る大統領選 南部カンダハルで有権者登録の順番を待つアフガン人女性(2月7日) Reuters
アフガニスタンで04年に大統領選が実施されたとき、南部ヘルマンド州の村に住むハジ・カビール(68)は身内の女性たちを連れて投票所まではるばる足を運んだ。「タリバンから投票するなと警告されていた」と、カビールは言う。「それでも投票したのは、選挙が明るい未来を運んできてくれると思ったからだ」
あれから5年、カビールはもう1度同じ危険を冒す気にはなれないという。ヘルマンド州は反政府組織タリバンNATO(北大西洋条約機構)軍の激戦の舞台となり、カビールを含む南部の多くの村人は戦乱に巻き込まれたと感じている。カビールの村では夜間にタリバンが手紙をばらまき、今度の選挙に参加すればひどい目に遭うと警告してきた。
カビールは、ハミド・カルザイ大統領の政府は腐敗している上に無力で、民主主義は道路や学校、診療所などの目に見える成果をもたらさなかったと不満を口にした。
「2度とカルザイには投票しない。それだけは確かだ」。カビールはそう言ってから、同じ部族の中に投票に出かける予定の知り合いはほとんどいないと付け加えた。「この辺りの投票率はあまりよくないと思う」
全民族の参加が必要だが
アフガニスタンの南部と東部では、カビールのような意見は珍しくない。この地域の住民の多くは民主化プロセスに失望している。
次の選挙の支援準備を進める国際社会にとって、この傾向は由々しき事態だ。大統領選の正当性と選挙結果が広く受け入れられるためには、すべての地域、すべての民族が、選挙プロセスに参加していると感じる必要がある。
首都カブールでは、大統領選の実施時期をめぐり何週間も対立が続いた。投票日が8月20日に正式決定すると、野党はカルザイに5月の任期満了時点での退陣を要求した。だが、パシュトゥン人の多い南部はもっと根本的なジレンマを抱えている。南部では多くの住民が、再び選挙が行なわれること自体を疑問に思っているのだ。
パシュトゥン人の多くは選挙に無関心で、選挙のプロセス全体に露骨な敵意を向けるケースも少なくない。04年10月の大統領選前に広がっていた楽観ムードとは対照的だ。前回はアフガニスタンのあらゆる民族が投票所の前に行列を作った。国連の選挙監視員が低投票率を心配した南部の農村部も例外ではなかった。
果たされなかった約束
オバマ政権は少なくともアメリカ国内では、アフガニスタン問題に対する人々の期待値を引き下げようとしている。それでも、引き続きアフガニスタンの民主化を進めるという原則は今も広く支持されている。最初は不備があったとしても、選挙制度が定着すれば、いずれは安定した民主主義の基礎ができると、多くの政治アナリストは主張する。
「今さら選挙日程を変えたら、重大な憲法問題になる」と、オーストラリア国立大学のアフガニスタン専門家ウィリアム・メイリー教授は言う。「言い出すのがカルザイなら、権力維持が目的だと思われる。他の誰かなら、北部と西部の政治指導者が拒絶するだろう。『私たちはちゃんとやっている。なぜパシュトゥン人にはできないのか?』と」
多くのアフガニスタン国民が、祖国の将来に非現実的な期待を抱いていたことは否定できない。それでも、アメリカをはじめとする国際社会がアフガニスタンの新たな方向性を模索している今、多数のパシュトゥン人がこれほど早く、これほど深く民主化プロセスに失望した理由を心に留めておくことは極めて重要だ。
東部ナンガルハル州の医学生ハリド・ハーンは言う。「多くの約束を聞かされたが、ほとんど実現しなかった。だから、みんな投票そのものを信用しなくなった」
有権者登録ができない人も
パシュトゥン人の間に広がる無関心は、3つの不満が重なり合って生まれたものだ。南部と東部の治安の悪さ、カルザイ政権とNATOに対する幻滅、そして自分たちの民族は選挙プロセスから疎外されているという意識の高まりだ。
南部の治安悪化が原因で、独立選挙委員会はタリバンの勢力が特に強い4州で有権者登録を一時延期せざるをえなかった。同委員会の広報担当者によれば、これまでに登録を終えたのはヘルマンド州、カンダハル州、ニムロズ州、ウルズガン州の合計で50万人をわずかに超える程度。04年の大統領選前の登録数より約100万人少ない。
さらに深刻な問題は、隣国のパキスタンやイランに暮らす数百万人のアフガン難民の登録が資金不足のせいで不可能になりそうなことだ(前回は登録できた)。これもやはりパシュトゥン人の投票率に影響する。治安状態が悪い南部では、多くの農民が国外に脱出しているからだ。
すでに有権者登録の段階で、暴力事件が暗い影を落としている。投票日には流血の大惨事が起きるのではないかと懸念する人々も少なくない。多くのアフガン人はハジ・カビールのように、身内、とくに女性を投票所に連れて行くのを怖がっている。
「今の状況でも、私たちの部族でガルデズ(南東部パクティア州の州都)に住む人間は投票できる」と、パクティア州の部族の長老であるグル・アフメド・アフメドザイは言った。「しかし、治安の悪い国境地帯に住んでいる人間は無理だ。(当局は)いったいどんな対策を取っているのか」
「5年たっても何もない」
国民の反政府感情のほうが厄介だという声もある。東部ロガール州の部族の長老であるハジ・ケイユンは、04年の大統領選前はカルザイへの投票を呼びかけた。
「道路や学校や診療所ができると話すと、みんなすぐに信じた。それが今は、5年たっても何もないと不満を言いに来る。カルザイだけでなく、誰に対しても選挙で投票するよう説得するのは難しい」
8月20日の選挙結果がどうあれ、次の政権はとてつもない難題に直面するだろう。タリバンは力を増し、勢力範囲を拡大している。誘拐を含む暴力犯罪もアヘンの密輸も急増している。経済は相変わらず不安定で、国内の少数民族間の緊張も高まっている。
パシュトゥン人は多民族国家アフガニスタンの最大民族だ。投票日当日、数百万人が自発的に、あるいは危険を避けるためにやむなく家に留まれば、状況はさらに不安定化しかねない。パシュトゥン人は政治プロセスから排除されているという意識が南部でさらに強まることになるからだ。
残念ながら、この意識はタリバンにとって追い風になる可能性がある。タリバンは間違いなく、アフガニスタンの人々が民主主義を最善の道として受け入れることを望んでいない。
(筆者は元ABCニュースのパキスタン・アフガニスタン担当記者。アヘン貿易と暴動の関連を探る著書『テロを生む種(Seeds of Terror)』が5月12日刊行予定)
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