最新記事

ジェンダー

『リーン・イン』を期待された高学歴女性「ヒーブ」の苦悩は、男性にとっても他人事ではなかった

2023年04月11日(火)08時16分
満薗勇(北海道大学大学院経済学研究院准教授)

それでもいまのポストを得る前には、不安定な身分に置かれ、将来を悲観する日々を過ごしていた。その心の傷はいまもまだ完全には癒えていないし、恵まれたポストに見合う仕事ができているかどうかという不安はいまも、そしておそらくこの先も尽きない。

与えられた環境のなかでの主体的な努力が、既存の競争秩序を維持・強化することになるということはわかっている。絶望するのは簡単だとも思う。

それでも歴史家としての私は、そうした秩序からの真の解放を願わずにはいられないし、それでも生身の人間としての私は、私なりによりよい仕事をしていく努力を重ねることで、いまという時代を生きるほかない。

そうした私の不安や迷いは、ヒーブの困難や葛藤からみれば、取るに足らないものだと思うが、史料を読む私にとっては大切なものであった。

ともあれ、当事者性や切迫した実存的理由がなくても、歴史は書ける。そもそも歴史家が史料を読んで歴史を書けるのは、歴史家として史料を読んでその内容を理解できるからである。

親の店を手伝ったことがなくても流通業の歴史を書くことはできるし、旋盤を扱えなくても機械工業の歴史を書くことはできるのである。本書もまた、私個人の私的な雑感を綴ったものではもちろんなく、消費史や労働史に関わる学問上の関心に貫かれた歴史叙述である。

そして、そうであるからこそ、いまを生きる生身の人間である読者のもとに届く内容になっていると、私は信じている。


[註]

(*1)本書では、日本のヒーブを指す場合にはカタカナ表記の「ヒーブ」、アメリカのHEIBを指す場合には英文表記の「HEIB」を用いる。一般的な言葉として用いる場合には「ヒーブ(HEIB)」と併記する。
(*2)シェリル・サンドバーグ『LEAN IN(リーン・イン)』村井章子訳、日本経済新聞出版、2013年(原著2013年)。
(*3)たとえば、シンジア・アルザ+ティティ・バタチャーリャ+ナンシー・フレイザー『99%のためのフェミニズム宣言』惠愛由訳、人文書院、2020年(原著2019年)。
(*4)菊地夏野『日本のポストフェミニズム――「女子力」とネオリベラリズム』大月書店、2019年。


 『消費者をケアする女性たち──「ヒーブ」たちと「女らしさ」の戦後史
  満薗勇[著]
  青土社[刊]

(※画像をクリックするとアマゾンに飛びます)

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

アングル:もう賄賂は払わない、アサド政権崩壊で夢と

ワールド

アングル:政治的権利に目覚めるアフリカの若者、デジ

ワールド

尹大統領の逮捕状発付、韓国地裁 本格捜査へ

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正
あわせて読みたい

RANKING

  • 1

    「男性に守られるだけのヒロイン像」は絶滅?...韓ド…

  • 2

    残忍非道な児童虐待──「すべてを奪われた子供」ルイ1…

  • 3

    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…

  • 4

    韓国のキム・ジヨンに共感する、日本の佐藤裕子たち..…

  • 5

    24歳年上の富豪と結婚してメラニアが得たものと失っ…

  • 1

    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…

  • 2

    タンポンに有害物質が含まれている...鉛やヒ素を研究…

  • 3

    残忍非道な児童虐待──「すべてを奪われた子供」ルイ1…

  • 4

    「ショート丈」流行ファッションが腰痛の原因に...医…

  • 5

    「レースのパンツ」が重大な感染症を引き起こす原因に

  • 1

    ヨルダン皇太子一家の「グリーティングカード流出」…

  • 2

    「レースのパンツ」が重大な感染症を引き起こす原因に

  • 3

    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…

  • 4

    キャサリン妃の「結婚前からの大変身」が話題に...「…

  • 5

    韓国Z世代の人気ラッパー、イ・ヨンジが語った「Small …

MAGAZINE

LATEST ISSUE

特集:トランプ新政権ガイド

特集:トランプ新政権ガイド

2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?