苦労人シャネルと生まれながらの貴族のライバル、そして戦争
Chanel and Schiaparelli: Rivalry on the Riviera
スキャパレリはもはや、シャネルを追い越しかねなかった。そして2人のデザインは全く異質なものだったが、あいにく顧客層は完全に重なっていた。
一方で流行の変化は速かった。ボーイッシュな体形で髪をショートカットにし、短いスカートをはいた両性具有のフラッパーは消えた。そして伝統的な曲線美の肉体が再浮上し、バイアスカットのサテンのきらめきで強調された。スカートは長くなり、新しい冒険的な色彩が登場した。そしてスキャパレリは、誰よりも冒険好きだった。
「ショッキングピンク」という色を発明したのも、シュールレアリスムをファッションに取り入れたのも、スキャパレリだった。ダリには特に触発され、「赤い爪」が付いた黒い手袋や全身を骸骨に見立てたドレスを考案した。
その才能に引かれて、シャネルの得意客もスキャパレリに流れた。もっとも、ミシン製造会社シンガーの創業者の孫でハーパース・バザー誌の編集者だったデイジー・フェローズをはじめ、ほとんどの顧客は両方に服を注文した。
フェローズは、逃すには惜しい客だった。ナチスドイツの暗い影が迫るなかでもリビエラの特権階級は贅沢と享楽の日々が永遠に続くかのように振る舞っており、フェローズはそんな社交界のファッションリーダーだった。100人以上を招待したパーティーに自分と似たドレスを着た客が1人でもいれば、すぐに着替えた。時には1晩に5回も衣装を替えた。
広大なピンクの屋敷で暮らすフェローズは人の度肝を抜くのが生きがいだったから、スキャパレリに引かれたのもうなずける。ダリとスキャパレリが共作した靴の形の帽子をかぶったのは、フェローズだった。猿の毛皮に金色の刺しゅうを入れたスキャパレリのコートを着て、パリの高級ホテルのリッツに現れたときは、居合わせた客が一目見ようと椅子に上ったほどだ。
フェミニンなファッションの復活を踏まえ、シャネルも反撃に出た。修道院の制服に由来するモノトーンをべースにしつつも、肩にパッドを入れてウエストの細さを強調し、クリーム色や桃色のサテンのドレスを仕立てた。本人もクリーム色や純白のドレスにトレードマークの真珠のネックレスを着け、社交場のカジノに現れた。
その最も忠実な上客の1人が、社交界の花形でハーパース・バザー誌のコラムニストだったダイアナ・ブリーランド。典型的なファッション大好き人間で、「優雅に階段を下りられるのも、毎朝気持ちよく起きられるのもファッションのおかげ。ファッションこそ命」と語っていた。
シャネルで服を仕立てるには、ネグリジェですら3回の仮縫いを必要とした。ブリーランドはパリのカンボン通り31番地にあるブティック兼自宅の6階にあるアトリエに、何度でも足を運んだ。
彼女はシャネル本人のことを「不思議で才気煥発で、驚くほど魅力的」と絶賛した。「あのシックさは誰にもまねできない。今も昔も彼女ほど興味深い人には会ったことがない」
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