女性の価値って? 性別だけで人生を過小評価される苦しみ
Rachael Denhollander’s Witness
より大きな視野に立って
今は弁護士となり、ディベート競技の経験もあるデンホランダーは、ナサーを相手取って正義を追い求めた。電話で被害届を出してはどうかとミシガン州の刑事から言われたが、車で出向くと言い張った。訴訟に持ち込める可能性が高いと考えたのだ。それでも彼女は自分を特別な力を持つ一匹狼のように描いたりはしない。検察や捜査官やジャーナリストの協力と、名乗り出る勇気を与えてくれた家族の支援と教育をたたえている。
特に軽蔑しているのはナサーだが、彼を擁護する組織や個人も非難している。本書のテーマは善人と悪人ではなく、制度だ。それもミシガン州立大学や米体操協会以上に大きな制度を視野に入れ、父権主義や女性蔑視といった言葉は使わずにその実態を描き出す。女性の体をランク付けする10代の少年たち、彼女の胸をまさぐるまねをした10代の頃の聖書研究会の仲間、逃げられない下ネタトーク......。
【参考記事】セクハラ撲滅を阻む新たな問題、「怯える男たち」と「見えない逆襲」
大人になって分かったのは、虐待を経験した女性が警鐘を鳴らせば、「自分の非を他人のせいにしている」と見なされるということ。性的虐待への懸念を口にすれば、教会関係者から「分裂の種」だと言われた。キリスト教徒の教師たちからはナサーを許すよう圧力をかけられ、逆に感謝しろとまで言われた。
それでも信仰は揺るがない。結局、彼女の一番の強みは他人への思いやりだ。コーチが彼女の訴えに取り合わなかったことは容赦なく批判するが、一方で同情も示す。車上荒らしのほうに素早く反応した教会側に悪意があったとも思っていない。被害者が告白をためらうのを疑問視することもない。正義感と同じくらい思いやりもあるのだ。
「直線」という概念があるからこそ曲がっていることが分かるのだと、デンホランダーは自分に言い聞かせている。「何が善かを知っている人なら、何が悪かも分かるはずだ」
※10月23日発売号は「躍進のラグビー」特集。世界が称賛した日本の大躍進が証明する、遅れてきた人気スポーツの歴史的転換点。グローバル化を迎えたラグビーの未来と課題、そして日本の快進撃の陰の立役者は――。
[2019年10月22日号掲載]