市原えつこが今までにない「祭り」に挑戦──気鋭のアーティストに喝を入れた1冊の本とは
作品発表の場では巫女の装束を着る市原さん。「アクセサリーも巫女装束に合うかどうかで選んでいます」 Newsweek Japan
<死や弔いをテーマに作品を手掛けてきた新時代のメディアアーティスト、市原えつこは今新作に取り組んでいる。アイデアが降りてこないとき、自分に足りていなかったものに気づかせくれたのは懐かしい本との再会だった>
ヒト型ロボットを介して故人を偲ぶ『デジタルシャーマン・プロジェクト』(2015年~)や、都会の悪い子を叱る『都市のナマハゲ──Namahage in Tokyo』(2016年~)などの作品を生み出してきた、メディアアーティストの市原えつこさんは、ここしばらく悩んでいた。次のプロジェクトのアイデアはあるものの、どのような形にしていくか。答えが出せずにいるなか、ふと目について手に取ったのはジェームス・W・ヤングの『アイデアのつくり方』(ジェームス・W・ヤング著、今井茂樹訳、竹内均解説、CCCメディアハウス)だったそうだ。
同書は「60分で読めるけれど 一生あなたを離さない本」と帯にあるように、本文はわずか60ページに満たない、薄くて小さな本だ。しかしアメリカ最大の広告代理店・トムプソン社の常任最高顧問や広告審議会(AC)の設立者などを経た著者が教える「アイデアの手に入れ方」は、シンプルだけど普遍的なものばかり。原著の初版発売から80年近く経った今も、全世界で読み継がれている。
実は大学生の時にTSUTAYA TOKYO ROPPONGI(六本木)で出合って一度読んでいたのですが、当時は「「ふーん、企画ってこういう風に作ればいいんだ」ぐらいにしか感じていなくて。でも新作のために図書館で祭りや伝承の本をいろいろ借りた際、棚にこの本が置いてあるのを見て「あ、懐かしい」って思って。「今の自分に必要な本だという気がする」と直感的に感じたので、祭りの本と一緒に借りて喫茶店で読んでみたら、内容が本質的すぎて「やべえ!」って震えました(笑)。
迷走していたタイミングで再読したところ、何が自分に足りていなかったのかを気づかされるきっかけになったと、市原さんは振り返った。
新作のアイデアが降ってくるのをずっと待っていたんですけど、半年ぐらい待っていても全然降ってこなかったので、「これはおかしい」と思って改めてこの本を読んだら、素材の収集が足りていなかったことに気づいたんです。そしてアイデアを得るためには、土壌作りが何より大切だということも教えてくれました。材料を放り込んで放り込んで煮詰めて煮詰めていくとアイデアは神がかりモードに突入して、どんどん湧くようになる。でも私はそのための資料集めが足りず、土壌作りができていないままだったと気づけました。
本に喝を入れられ、迷いが消えた
市原さんは人型ロボットの「ペッパー」に故人の顔をプリントした仮面をつけ、その人が憑依したかのようなプログラムを開発した。この、死後49日間だけ生前と同じやり取りができる『デジタルシャーマン・プロジェクト』は、第20回文化庁メディア芸術祭をはじめ、国内外のメディア関連の賞を受賞してきた。
思えば『デジタルシャーマン・プロジェクト』を制作している時はフィクションもノンフィクション、死や弔いというテーマに関連する一次資料を集めまくりました。SF 映画や死に関するドキュメンタリーを見たり、住職さんに話を聞いたり、それこそ宜保愛子さんの霊供養の本を読んだり(笑)。関係がありそうなものを集めて、全部インプットしてからプロジェクトノートを作っていたのですが、今回はその作業が足りていなかった。
祖母が亡くなってから私は死や弔いにずっと興味があったのですが、ある時たまたま、シャルル・フレジェという写真家の『YOKAI NO SHIMA』(妖怪の島)という日本の民間風習や奇祭をテーマにした写真展を見て、とても影響を受けて。祭りは死とは逆のベクトルである生命エネルギーをぶつけ合うもので、土地によっては暴力的だったり一般的な倫理観を超越しているものもありますよね。怖さと同時にどこか惹かれるところがあって、前作の『都市のナマハゲ』が映像作品だったので、今回は実際に祭りを開催したいなと。
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