「自分はゴミだと信じていた」里子が、グラミー賞ノミネートのセレブになった
(写真はイメージ) martin-dm-iStock
<母親に暴力を振るわれ、里子に出され......。現在アメリカで最も注目されるコメディアン、ティファニー・ハディッシュは、本年度グラミー賞のノミネート作にもなった話題の自伝のなかで過酷な子供時代を告白している>
千葉県野田市の10歳の女児が父親による虐待で死亡し、両親が逮捕された。痛ましい虐待事件が明るみになるたびに、なぜ未然に防止できなかったのかという反省がつきまとうのは毎度のこととなっている。
児童相談所や職員の恒常的な不足、行政システム、法制度の問題などが複合的に絡み合うため、シンプルな解決を見いだすのは難しいのかもしれないが、他国の場合はどうなのだろうか?
いま、アメリカでいちばん注目されている人気コメディアンで女優のティファニー・ハディッシュの事例からアメリカの状況を見てみよう。
ティファニー・ハディッシュといえば、2018年にはタイム誌の「いま最も影響力がある100人」に選ばれ、エミー賞を受賞した活躍めざましいセレブリティである。彼女は、少女の頃、暴力を振るう母親から引き離され、児童養護施設に保護されたという過去を持つ。
その経験については彼女の自伝『すべての涙を笑いに変える黒いユニコーン伝説 世界をごきげんにする女のメモワール』(大島さや訳、CCCメディアハウス)に詳しい。子供時代に受けた虐待の話のほかにも、元夫によるDV、権力者によるセクハラやパワハラなど、ティファニー自身が経験した「いま社会によくあるさまざまな普遍的な問題」を取り上げた本書は、米国アマゾンで2500件以上のレビューが付き、平均評価4.7という高評価を獲得している。
【参考記事】権力者のセクハラ発言にどう応じる? グラミー賞ノミネートのティファニー・ハディッシュからの助言
本人による朗読版は本年度の第61回グラミー賞朗読アルバム部門にノミネートされたが、ジミー・カーター元大統領の『Faith: A Journey For All』に負けて、惜しくも受賞は逃した。
性格が一変した母親からの理不尽な暴力
『すべての涙を笑いに変える黒いユニコーン伝説 世界をごきげんにする女のメモワール』によると、ティファニー・ハディッシュの母親が家庭内外でトラブルを起こすようになったのは交通事故がきっかけだった。当時、ティファニーはまだ8歳で、その日はたまたま継父と母親の間にできた3人の弟妹とともに留守番をしていた。母親は一命を取りとめたが、脳には後遺症が残った。
記憶の一部を失っただけでなく、性格が一変したのである。いちばん年上の子供だったティファニーは弟や妹の面倒を見ながら、靴ひもの結び方もホットドッグのつくり方も忘れてしまった母親に、かつて自分が教えられたのと同様、一つひとつそのやり方を教えていった。
まだ子供でいたい年齢の少女にとっては、それだけでもあまりに過酷な日常だ。しかも、すっかり人が変わった母親は、理不尽にティファニーをののしり、皿を1枚洗い残していたといった些細な理由で暴力を振るうようになった。
家庭外の人間でティファニーの異変に気づいたのは学校の先生だった。顔のケガを見て虐待の兆候に気づいた学校から家に連絡が入った。しかし、母親はティファニーが自分でケガをしたのだと言ってごまかした。日本のケースでもよくあるパターンだが、母親はその後、人目につきにくい部位に集中して暴行を加えるようになる。痛みのあまり失禁することが日常化し、ブサイク、バカ、価値のない人間、など言葉の暴力も絶えなかったそうだ。
それでもティファニー自身は母親のことを嫌いだと思ったことはいちどもないと、本に綴っている。
おばあちゃんも、ひいおばあちゃんも、ママのために言いわけをしたけど、そんな必要はなかった。わたしは、ママのことが大好きだったから。どんなにひどいことを言われても、わたしはママのことが大好きでしょうがなかった。
虐待を受けていた少女の健気で痛々しい告白である。アメリカの場合、州ごとに名称などの違いはあるが児童保護サービス(CPS、Child Protective Services)という政府機関が設置されている。児童が虐待・放置されていると認識、あるいは推測し得る合理的な理由がある場合、市民には通報の義務がある。通報を怠ると、医療、教育などの専門職ならば資格をはく奪されることもある。
アメリカはソーシャルワーカーの数が日本よりも圧倒的に多いため、初動が早く行き届きやすい環境だとはいえる。CPSは虐待の報告を受けた後、緊急介入などの措置を含めて対応に当たる。まずは速やかに行政が介入し、その後は司法との連携で個別のケースに対応して今後の方針を決めていく。
しかし、それでもアメリカでも日本と同様、いまだ多くの虐待が見過ごされ、不幸な結果をもたらしているのも事実である。ティファニー・ハディッシュのケースも一定期間以上、虐待が見過ごされた例だといえる。