「神様、どうか力を下さい」──アメリカに奪われた8歳の息子を私が取り戻すまで
‘I WENT TO GET HIS SHOES, AND HE WAS GONE’
まだ見ぬ彼氏に引き渡すのか
だが7月中にテキサスの施設から電話が来た。息子をカルロスの家に送る気はないかというのだ。彼女自身、まだ実際に会ったこともない人なのに。アメリカ政府は国内にいる保護者に子供を引き渡そうと急いでいた。外国にいる保護者に引き渡すより、手続きが簡単で安上がりだからだ。
しかしカルロスに引き取ってもらったら、自分はいつアメリカに行って2人に会えるのか。「私と一緒でなければ、彼は息子を引き取ってくれない」と、彼女はビデオ電話で係官に訴えた。「私が悲しむと分かっているから」
その頃、彼女の支援チームに大物が加わった。ドナルド・トランプ大統領を訴えているポルノ女優ストーミー・ダニエルズの代理人を務める敏腕弁護士のマイケル・アベナッティだ。
母子に手を差し伸べたアベナッティ IRFAN KHANーLOS ANGELES TIMES/GETTY IMAGES
きっかけは、移民問題も手掛けたいという彼のツイートをニューメキシコ州アルバカーキ在住のランディとティナのカーター夫妻が読んだことだった。既に退職している夫妻は新聞でオルティス母子のことを知り、アベナッティの事務所に連絡し、こう告げた。私たちはグアテマラに飛び、オルティスに会う、「彼女の弁護を引き受けてくれるなら、私たちも喜んで手伝う」。
【参考記事】ポルノ女優がトランプとの不倫を暴露──脅されながらも「正義」の鉄槌
数日後、カーター夫妻はグアテマラシティの飲食店でオルティスに会った。今やオルティスにはアメリカの弁護士がついている。アベナッティだけでなく、ベテランの移民弁護士リカルド・デアンダも加わっていた。
だが話はこじれていた。会ったこともない男と暮らそうとしていたオルティスの責任能力を問う声が、難民再定住室で上がっているというのだ。アメリカでは法律により、親は子の幸福を最優先にする能力があることを証明しなければならない。
7月26日までに、政府は1442人の子供を拘束中の親の元に戻した。司法省の記録によれば、さらに378人の子供が身元引受人への引き渡しなどを含む「その他適切な状況の下」で解放された。こうした親子の再会を携帯で見ていたオルティスは、SNSに「神様、どうか力を下さい」と書き込んだ。8月8日、アントニーは収容施設で9歳の誕生日を迎えた。
引き離しから81日目の8月14日、ヒューストンの移民裁判所に出頭したアントニーに、テレビ電話でにこにこしていた少年の面影はなかった。アントニーは誰とも目を合わせず、その爪はかまれてぎざぎざになっていた。
そこへテンガロンハットをかぶったデアンダが入ってきた。「やあ、私はリカルド。お母さんの弁護士だよ」。そうスペイン語で話し掛けると少年の顔が輝いた。「ママの?」。弁護士はゴムでできた羊の人形を差し出した。「お母さんからだ」。アントニーは高価な宝物をもらったかのように人形に触れた。「ママが送ってくれたんだね」
あなどれないSNSの圧力
親子を一刻も早く再会させるため、デアンダとアベナッティは前代未聞の策を講じ、裁判所に2件の申し立てを行った。まず政府に対して、アントニーの案件を取り下げるよう要請した。次に、少年が自発的にグアテマラに帰ることを認めるよう求めた。後者を実現するには、オルティスが一時的に息子の親権を弁護士に委ねなければならない。だが認められれば息子はその日のうちに帰国できる。
午前9時、クリス・ブリザック裁判官が入廷した。アベナッティが1件目の申し立ての概要を述べた。案件を取り下げてほしいとの申し立てに裁判官は興味を示したが、こうした件に関して、移民法は政府に多大な裁量権を与えている。政府の代理人ローリー・ポッターが取り下げを拒否すると、判事もそれを認めるしかなかった。通訳を介してやりとりを聞いていたアントニーは泣きだした。
続いてアベナッティとデアンダは、アントニーの自発的出国を認めるよう求める弁論をした。すると、こちらは認められた。ただし手続きには60日かそれ以上かかるという。
弁護人2人は法廷の外で記者会見を行い、裁定を「破廉恥」と非難した。政府が案件を取り下げない限り、母子は半年近く再会できない。
トランプ政権は「この国で拘束されれば親は子供を奪われ、家族は離散するというメッセージを世界に発信したいのだ」。そうアベナッティは訴えた。さらにツイッターにアントニーの写真を載せ、「この子は81日間、母の顔を見ていない。トランプとその仲間には血も涙もない」と書いた。
その後、弁護人がグアテマラに電話して「力及ばず申し訳ない」と告げると、オルティスは泣き崩れた。
しかしインターネットが黙っていなかった。アベナッティのツイートはあっという間に1万4000近い「いいね」を獲得し、6000回もリツイートされた。すると2時間後、保健福祉省の役人がアベナッティに交渉を持ち掛けてきた。
8時間後、アントニーはヒューストンの空港で弁護士2人の手に委ねられた。これでようやく家に帰れる。
グアテマラシティの空港では、オルティスが待合室でそわそわしていた。午後9時半、飛行機が着いたと告げられても信じられない様子だった。
そこへアントニーが現れた。母は崩れ落ちるようにして膝をつき、息子の頭を抱き寄せ、キスをした。涙ながらに「私のおちびちゃん」と繰り返すオルティスに、アントニーがささやいた。「泣かないで、ママ」
隔離から81日、アントニー(中央)は母(左)とグアテマラシティで再会した LUIS ECHEVERRIAーREUTERS
【参考記事】永住者、失踪者、労働者──日本で生きる「移民」たちの実像
[2018年10月23日号掲載]