「神様、どうか力を下さい」──アメリカに奪われた8歳の息子を私が取り戻すまで
‘I WENT TO GET HIS SHOES, AND HE WAS GONE’
政権側の主張では、既に国外に退去した親には米国内にいる子供と再び一緒になる「資格がない」。親子引き離しをめぐる訴訟でも、子供を親元に戻すのは政府の責任ではないと主張している。結果、今でも300人以上の子供が親と再会できないままだ。
母国の政府も頼りにならない。メキシコ国境で逮捕される人の中で最も多いのはグアテマラ人だ。国内にはびこる暴力や貧困から逃れるため、今年9月までの1年間だけでも3万7000以上の家族が不法入国を試みている(前年同期比で50%増)。
本誌はグアテマラの非営利独立系ニュースサイト「プラサ・プブリカ」と協力して、親子が離散したり、ゼロ・トレランス政策で強制送還されたりした人々を追跡調査しようとした。だが同国外務省はデータを把握しておらず、再三の取材申し込みにも応じなかった。
現地事情に詳しい専門家によれば、グアテマラ政府のおざなりな対応の背景には何十年にも及ぶ政治の腐敗と悪しき慣行がある。
【参考記事】米移民収容施設で、ハンスト中の収容者を鼻チューブで虐待か
プラカードが助けた出会い
グアテマラでは1996年まで続いた内戦で少なくとも20万人が死亡。その間に軍部は、大勢の幼児を誘拐して養子縁組の希望者に売り渡す違法なシステムを築き上げていた。出生証明書の偽造などを含む狡猾な手口の全容が国連主導の調査委員会によってようやく暴かれたのは、07年のことだ。
しかし現職のジミー・モラレス大統領は、自らが捜査対象になっていたこともあり、今年8月末には国連主導の委員会の活動を停止させてしまった。オバマ政権時代の米国土安全保障省でテロ対策を担当していたネート・スナイダーに言わせれば「こんな腐った政府が離散家族に手を貸すはずがない」。つまりオルティスは、アメリカ政府にも自国政府にも頼れない。
【参考記事】トランプ「不法移民の国外追放」を支持する人々の感情論
グアテマラのモラレス大統領 LUIS ECHEVERRIAーREUTERS
一見したところ、25歳のオルティスはどこにでもいるミレニアル世代の若者だ。しかし外見からは想像できない強さを秘めている。息子と引き離されてから25日後、彼女は在グアテマラ米大使館へと向かった。抗議デモに参加して自分の窮状を訴えるためだ。「私はアントニーの母親です。息子を返してください」と書いたプラカードも用意した。そして隊列の中で、そのプラカードを高く掲げた。
ニールセン米国土安全保障長官がグアテマラ政府当局者らと会談中のホテルの前で「息子を返して」と訴えるオルティス DANIELE VOLPE
オルティスは16歳でアントニーを産んだが、息子の父親である男とはすぐに別れた。地元でウエートレスの仕事をしていたが、1日12時間働いても収入は月にようやく100ドルと、国の最低賃金の3分の1以下だった。4年前に首都グアテマラシティで住み込みの家政婦の仕事に就き、アントニーとなんとか暮らしてきた。そこで同僚に紹介されたのがカルロス(仮名)だ。
カルロスは15年以上前にグアテマラからアメリカに渡り、バージニア州で建設の仕事に就いて余裕ある生活をしていた。2人はメッセージアプリのワッツアップを介して交際するようになった。「会ったこともないのにおかしいと思われるだろうが、彼女の全てを心から愛している」と、彼は言う。
彼は愛情の証しとして、オルティスが仕事を辞めて息子の世話ができるようにと毎月200ドルの送金を始めた。1年近くがたつと、2人はアメリカで一緒に暮らそうと話すようになった。
オルティスはカルロスに言った。「息子を置いては行けない。何週間も収容施設で待たされたり、越境に何カ月もかかるような旅も無理」
オルティスには息子とのビデオ通話が心の支えだった DANIELE VOLPE