最新記事

戦争

帰還後に自殺する若き米兵の叫び

2012年8月7日(火)17時11分
アンソニー・スウォフォード(作家)

 ベトナム戦争中は戦争がアメリカ文化の中心になったとスピーゲルは指摘する。戦場で戦っている兵士も、戦争賛成派も反対派も、みんな戦争のことを気に掛けていた。兵士は抗議の対象になるほうが、無視されるより心理的にましだったのかもしれない。「今のアメリカでは帰還兵は存在すらしないかのようだ」とスピーゲルは言う。

 戦争の暴力が自殺の一因である可能性も捨て切れないという。「暴力の一線を一度越えたら、再び越えるのは簡単だ。殺人と自殺は大違いだが、殺すことには変わりない」

 多くの退役軍人とその家族が退役軍人省に頼らず自力で対処してきた。「精神的な問題から何年も目を背けていた」とダン・ウェストは言う。

 ウェストは09年、米陸軍第214砲兵旅団の広報要員としてイラクに従軍。赴任から1週間もたたない頃、近くの村で行われた医療活動を取材した。写真を撮り、医師たちの活動を見守っていると、女性が2歳の男児を抱いて現れた。男児はほぼ全身にやけどを負っていた。

 ウェストは気が動転してその場を離れた。しかし戦場の悲惨さに慣れるのに時間はかからなかった。1週間後には、12歳くらいのひどい栄養失調の男児を抱いた老人を写真に収め、すぐに次の任務に移った。そのときの写真は自宅の冷蔵庫に貼ってある。戦争で自分が見たものを忘れないためだ。

「帰還後の精神状態の検査では部隊全員で従軍牧師の面接を受けた。何か問題はあるかと聞かれて、みんな問題ないと部隊長が答えた」とウェストは言う。

 ウェストは故郷のモンタナ州に戻ったが「戦闘中のように振る舞うことがあった」。軍の勧めで、ラスベガスで週末に行われる社会復帰プログラムを3回受けた。「支援制度を悪く言いたくはないが、自宅は部隊から1600キロも離れていた。自宅近くのプログラムを紹介してもらえなかった」

 ウェストをはじめ多くの予備役兵や州兵が、部隊の解散で複雑な状況に直面する。予備役兵は戦地から戻って数週間で民間の職場に復帰する。

 民間人に戻って3年後、ウェストはようやく地元で仲間を見つけた。イラクに従軍した元兵士らが創設した「Xスポーツ・フォー・ベッツ」のおかげだ。

 この団体では元兵士同士が「エクストリーム(極限)スポーツ」を通じて、職場や学校や家庭では得られない仲間意識とチームワークを育む。「エクストリームスポーツは通常の生活では必要のない高度な集中力を必要とする」と、創設者の1人でセラピストのジャナ・シェリルは言う。「注意力が向上するので、元兵士たちが有意義な交流をする一助にもなる」

 Xスポーツ・フォー・ベッツは命の恩人だとウェストは言う。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

BRICS外相会合、トランプ関税の対応協議 共同声

ワールド

ウクライナ、米と可能な限り早期の鉱物協定締結望む=

ワールド

英、EUと関係再構築へ 価値観共有を強調=草案文書

ビジネス

ECB、中立金利以下への利下げも 関税で物価下押し
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 3
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 4
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    体を治癒させる「カーニボア(肉食)ダイエット」と…
  • 7
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 8
    トランプの中国叩きは必ず行き詰まる...中国が握る半…
  • 9
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 10
    【クイズ】米俳優が激白した、バットマンを演じる上…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 5
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初…
  • 6
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 7
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 8
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 9
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 10
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 4
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 7
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中