帰還後に自殺する若き米兵の叫び
ベトナム戦争中は戦争がアメリカ文化の中心になったとスピーゲルは指摘する。戦場で戦っている兵士も、戦争賛成派も反対派も、みんな戦争のことを気に掛けていた。兵士は抗議の対象になるほうが、無視されるより心理的にましだったのかもしれない。「今のアメリカでは帰還兵は存在すらしないかのようだ」とスピーゲルは言う。
戦争の暴力が自殺の一因である可能性も捨て切れないという。「暴力の一線を一度越えたら、再び越えるのは簡単だ。殺人と自殺は大違いだが、殺すことには変わりない」
多くの退役軍人とその家族が退役軍人省に頼らず自力で対処してきた。「精神的な問題から何年も目を背けていた」とダン・ウェストは言う。
ウェストは09年、米陸軍第214砲兵旅団の広報要員としてイラクに従軍。赴任から1週間もたたない頃、近くの村で行われた医療活動を取材した。写真を撮り、医師たちの活動を見守っていると、女性が2歳の男児を抱いて現れた。男児はほぼ全身にやけどを負っていた。
ウェストは気が動転してその場を離れた。しかし戦場の悲惨さに慣れるのに時間はかからなかった。1週間後には、12歳くらいのひどい栄養失調の男児を抱いた老人を写真に収め、すぐに次の任務に移った。そのときの写真は自宅の冷蔵庫に貼ってある。戦争で自分が見たものを忘れないためだ。
「帰還後の精神状態の検査では部隊全員で従軍牧師の面接を受けた。何か問題はあるかと聞かれて、みんな問題ないと部隊長が答えた」とウェストは言う。
ウェストは故郷のモンタナ州に戻ったが「戦闘中のように振る舞うことがあった」。軍の勧めで、ラスベガスで週末に行われる社会復帰プログラムを3回受けた。「支援制度を悪く言いたくはないが、自宅は部隊から1600キロも離れていた。自宅近くのプログラムを紹介してもらえなかった」
ウェストをはじめ多くの予備役兵や州兵が、部隊の解散で複雑な状況に直面する。予備役兵は戦地から戻って数週間で民間の職場に復帰する。
民間人に戻って3年後、ウェストはようやく地元で仲間を見つけた。イラクに従軍した元兵士らが創設した「Xスポーツ・フォー・ベッツ」のおかげだ。
この団体では元兵士同士が「エクストリーム(極限)スポーツ」を通じて、職場や学校や家庭では得られない仲間意識とチームワークを育む。「エクストリームスポーツは通常の生活では必要のない高度な集中力を必要とする」と、創設者の1人でセラピストのジャナ・シェリルは言う。「注意力が向上するので、元兵士たちが有意義な交流をする一助にもなる」
Xスポーツ・フォー・ベッツは命の恩人だとウェストは言う。