最新記事

アメリカ社会

米軍必読のベストセラーに捏造疑惑

学校を作る「慈善家」としてノーベル賞候補にもなった英雄だが、タリバンに拉致されたなどの話はでっち上げだった?

2011年6月7日(火)17時31分
山田敏弘(本誌記者)

寄付金の不正使用も? 尊敬の対象から訴訟の対象に転落しそうなモーテンソン Reuters

 世界第2の高峰「K2」登頂を途中で断念したアメリカ人のグレッグ・モーテンソンは山道で迷い、パキスタンの小さなコルフェ村の住民に「保護」される。彼は村に恩返しとして学校を建設すると約束し、それを実現。その後、活動はどんどん拡大し、アメリカに慈善団体「中央アジア協会」を設立。資材を盗まれたり過激派に誘拐されたりしながら、パキスタンやアフガニスタンの村々で学校の建設を続ける──。

 モーテンソンがその活動の軌跡をまとめた回顧録『スリー・カップス・オブ・ティー』(邦訳、サンクチュアリ・パプリッシング刊)を出版したのは06年のこと。400万部以上を売るベストセラーとなり、国防総省までもがモーテンソンを称賛。この本はアフガニスタンに派遣される米兵の必読書リストに加えられた。オバマ米大統領はノーベル平和賞の賞金から10万ドルを彼の団体に寄付し、モーテンソン自身もノーベル平和賞にノミネートされた。

 だが、いまアメリカでこの本とモーテンソンをめぐる疑惑が噴出している。米CBSテレビの看板報道番組『60ミニッツ』が先週、本の内容に捏造部分があると報じたのだ。

 番組では、モーテンソンの登山に同行したポーターたちが取材に応じ、彼がコルフェ村を訪れたのはK2登頂に失敗してから1年後だったと証言。イスラム過激派勢力タリバンに拉致されたとする出来事についても、著書に登場する「誘拐犯」が実はモーテンソンの知人だったことが明らかになった。彼は現在までにパキスタンとアフガニスタンに171の学校を開設したと主張しているが、実際には学校が存在しないケースもあった。

 中央アジア協会は昨年、2300万ドルの寄付金を集めているが、その不正使用も指摘されている。09年度には150万ドルが彼の本を売るための宣伝費に使われたが、印税は一切団体に入っておらず、130万ドルがプライベートジェット利用を含む移動費に使われていた。

 タリバンの誘拐犯とされた人物は「私と家族、部族を中傷した」と名誉毀損でモーテンソンを訴えると表明している。また中央アジア協会が本部を置くモンタナ州も「最近、協会の管理と財務に懸念が上がっている」として調査を開始する予定だ。

 ただモーテンソンが学校を建設して子供に教育の場を与えてきたことは事実。世界各地の慈善活動が、今回の問題で停滞しないことを願うばかりだ。

[2011年5月 4日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 6
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 7
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 8
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 9
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 10
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ...犠牲者急増で、増援部隊が到着予定と発言
  • 4
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    墜落して爆発、巨大な炎と黒煙が立ち上る衝撃シーン.…
  • 9
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 10
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 10
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中