最新記事

アメリカ社会

米下院議員を銃撃した男の心の闇

厳格な不法移民対策法に反対していた下院議員を標的にしたのは、暴力のマグマが噴き出しそうなほど過激化した政治風土の表れなのか

2011年1月11日(火)15時17分
イブ・コナント、クレア・マーティン

社会に背を向けて 精神を病んだラフナーはネットに不気味な投稿をしていた Reuters

 1月8日、ランディー・ロフナーはアリゾナ州トゥーソン郊外の自宅前で、車に寄りかかって泣いていた。家の中は、22歳の息子ジャレッドがガブリエル・ギフォーズ下院議員の政治集会で銃を乱射した背景を調べる警察官でごった返している。「慰めにいった近所の人が戻ってきて、『撃ったのは息子だ』と話していた」と、庭にサボテンと巨木があるロフナー家の向かいに住むアーロン・マルチネス(18)は語った。

 この家の中で何が起きていたのか、そして、ギフォーズ議員を含む20人を負傷させ、うち6人を死なせた若者の心の中で何が起きていたのか、全米が強い関心を寄せている。アリゾナ州の厳格な不法移民対策法に反対していた民主党下院議員をターゲットにしたのは、暴力のマグマが今にも噴き出しそうなほど過激化しているアメリカの政治風土の表れなのか。それとも、ラフナーがインターネットでぶちまけていた文法やマインドコントロールに関する反政府的な暴言は、精神疾患を患う若者の狂気の表れだったのか。

 その答えは何カ月、いや何年経っても十分には解明されないかもしれない。「過去にも地元の複数の関係当局が、彼の精神状態に懸念を感じていた。では彼は狂っているのか。それはわからない」と、ピマ郡保安官のクリス・ナノスは言う。ラフナーは重体が続くギフォーズ議員の暗殺未遂容疑など5つの罪状で訴追され、10日に連邦裁判所に出廷した。
 
 医療保険制度や不法移民対策をめぐって保守とリベラルが激しく対立するアリゾナ州は、アメリカの「分断」の象徴とされる。昨年11月の中間選挙の際に、保守系草の根運動ティーパーティーを率いるサラ・ペイリンの陣営が作成した「標的リスト」にギフォーズが含まれていたため、ペイリン陣営に煽られた末の凶行だとの批判もあるが、関連は明らかになっていない。

投稿した文章は妄想だらけ

 動機が何であれ、ラフナーが反社会的な性格で、周囲から気味の悪い変人とみなされていたのは確かだ。「彼は現実から切り離され、クラスから孤立していた」と、ピマ・コミュニティーカレッジで詩の授業を共に受講していたリディアン・アリは言う。「議論に参加しても支離滅裂で、クラスメートの詩についてコメントしても何を言っているのかわからなかった」

 ラフナーのあるネット投稿を問題視した大学当局は、昨年9月に彼を停学処分とし、復学したいなら精神科医の承認が必要だと両親に伝えた。だがラフナーは翌月、自ら退学した。

 ラフナーの自宅からは、ギフォーズ議員への執着を示す数々の証拠が発見された。「事前に計画した」「ギフォーズ」「私の暗殺」などと書かれた封筒もその一つだ。

 ラフナーが数週間前に、ユーチューブに不快な動画を複数投稿していたことも明らかになった。そのうちの一つでは、妄想と悲惨な警告の言葉を羅列した文章が4分近くにわたって表示される。

「第2の合衆国憲法を読んだ結果、私は現在の政府を信用しない。政府は文法を操作することで人々を洗脳し、マインドコントロールしている」「イヤだ! 私は金と銀の裏づけがない通貨では借金を払わない! イヤだ! 私は神を信じない!」

 南部貧困法律センターのマーク・ポトクによれば、ラフナーの乱文は超保守派のサイトからヒントを得ている可能性が高い。人種差別組織の発言を研究しているポトクは、ラフナーの投稿を精査し、文法に関する発言はミルウォーキー在住の保守活動家デービッド・ウィン・ミラーの影響だろうと指摘する。「ミラーは『真実の言葉』を使えば政府の干渉を受けないと信じている。コロンやハイフンを適切に使えば、税金を支払う必要はないという風変わりな考え方を主張しているのは、超保守派の中でもミラーだけだ」

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏とゼレンスキー氏が「非常に生産的な」協議

ワールド

ローマ教皇の葬儀、20万人が最後の別れ トランプ氏

ビジネス

豊田織機が非上場化を検討、トヨタやグループ企業が出

ビジネス

日産、武漢工場の生産25年度中にも終了 中国事業の
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 7
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 8
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 9
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 6
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 7
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中