最新記事

マイケル・ジャクソン

ネバーランドを探して

若くして伝説となり、人種差別というアメリカン・ホラーの中で苦しみ抜いたキング・オブ・ポップ

2010年6月25日(金)16時16分
デービッド・ゲーツ

壊れた天才 1年前に急逝した「キング・オブ・ポップ」は世界に何を残したか Gene Blevins-Reuters

 本当だ。短い間だったけれど、マイケル・ジャクソンは本当の「キング・オブ・ポップ」だった。そしておそらく、最後のキング(王様)となるのだろう。

 古くはフランク・シナトラが「王様」だった。エルビス・プレスリーも、ビートルズも「王様」だった。しかしマイケル以後は、音楽ジャンルの極端な細分化が進んでしまった。どんなにカリスマ的な人気の持ち主も、もはやジャンルを超えてすべて人の心を動かす「王様」にはなり得ない。

 その絶頂期にはブログも携帯メールもなかったが、マイケルの訃報が伝えられると、アメリカの簡易ブログ・サービス「トゥイッター」にはサーバーが落ちるくらいの書き込みが殺到した。

 マイケルが音楽界の「王様」だったのは80年代のこと。82年に発表したアルバム『スリラー』の売り上げ枚数は史上最高で、いまだに破られていない。しかもマイケルは、そのずっと以前から、自らの思い描く自己イメージをひたすら演じていた。

 まだ幼さの残る時期からジャクソン・ファイブのリードボーカルとなったマイケルは、その天使のようなメゾソプラノで、意味も知らずに性的な欲望を歌い上げていた。大人になってからも、マイケルは性的存在としての男のリアリティーを欠いていた。声の高さもあるが、なんだか生身の人間のように見えなかった。

 中年期に入ると、マイケルは意図的にピーターパンを、つまり「永遠の子供」を演じ始めた。広大な敷地の邸宅を遊園地に変えて「ネバーランド」と呼び、「友達」と称する子供たちを住まわせた。そして縮れた髪をストレートにし、美容整形手術も受け、不老不死で両性具有の肉体を手に入れた──と信じようとしてもいた。

 悲惨だったに違いない幼い頃の記憶を消し去るために、マイケルは別なリアリティーを必要とし、それを築き上げた。それが彼の音楽であり、彼の仮面なのだ。

心の成長が止まった大人

 マイケルのやってきたことの多くは象徴的だ。インディアナ州ゲーリーの黒人居住区に生まれた少年が、あのプレスリーの娘リサ・マリーと結婚した。そしてプレスリーのグレースランドに対抗してネバーランドを造り、ビートルズの版権を買い集めた。攻撃欲とは言わぬまでも、あえて独占欲と支配欲をひけらかす行為ではあった。

 マイケルはまた、現実離れしたイメージをつくり上げることにも努めた。あのムーンウオークしかり、きらきらの手袋しかり。すべては「誰も私には触れられない」(その逆もしかり)というメッセージだった。

 マイケルは、飛び切り愛らしい少年エンターテイナーから最高に不気味なスーパースターへと変身した。72年に大ヒットした映画『ベン』の主題歌「ベンのテーマ」は、ネズミのためのラブソングだったが、その30年後には児童に対する性的虐待の容疑で逮捕されている。この事件は裁判にまで発展したが、05年に無罪が確定した(ある精神科医は当時、マイケルは小児性愛者ではなく心の発育が止まった大人だと断じている)。

 02年には生後数カ月の息子プリンス・マイケル2世を、滞在先のベルリンのホテルの窓から外に突き出して見せた。ファンが喜んだか驚いたかは別として、それはマイケルが自らの幼児性を捨て去るための儀礼的行為とも見えた。

 度重なる顔の整形と慢性的な皮膚のトラブル、そして大幅な体重減などのために、最近のマイケルは吸血鬼とミイラを合わせたような姿になっていた。まるで、『スリラー』のプロモーションビデオに登場した顔面蒼白で骸骨のようなゾンビみたいだ。

 あのビデオを、今あらためて見てみるといい。大勢で踊っているのがマイケルの分身で、中央に立つ本物のマイケルはまったく別人のように見える。現実離れ、ここに極まれりだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米中国防相会談、米の責任で実現せず 台湾政策が要因

ワールド

ロシア新型ミサイル攻撃、「重大な激化」 世界は対応

ビジネス

米国株式市場=上昇、ダウ・S&P1週間ぶり高値 エ

ビジネス

NY外為市場=ドル1年超ぶり高値、ビットコイン10
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対する中国人と日本人の反応が違う
  • 2
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱が抜け落ちたサービスの行く末は?
  • 3
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 4
    【ヨルダン王室】生後3カ月のイマン王女、早くもサッ…
  • 5
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 6
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 7
    ウクライナ軍、ロシア領内の兵器庫攻撃に「ATACMSを…
  • 8
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    若者を追い込む少子化社会、日本・韓国で強まる閉塞感
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 3
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 4
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 7
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 8
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 9
    メーガン妃が「輝きを失った瞬間」が話題に...その時…
  • 10
    中国富裕層の日本移住が増える訳......日本の医療制…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 7
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 8
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 9
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
  • 10
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中