最新記事

マイケル・ジャクソン

ネバーランドを探して

2010年6月25日(金)16時16分
デービッド・ゲーツ

正気を失っていくアメリカ純正品

 彼自身が過去にどんなトラウマ(心的外傷)を負い、その再現と克服を繰り返してきたにせよ、マイケルはその生涯を通じて、アメリカという国でロングランを続ける人種差別という名のホラー劇で主役を張り、その死のダンスを踊り続けてきた。詩人ウィリアム・カーロス・ウィリアムズが1923年に「正気を失っていく」と書いたたぐいの「アメリカ純正品」の1人だったともいえる。

 むろん、同情的な見方もある。黒人活動家のアル・シャープトンなどは、マイケルを人種を超えた偶像とたたえ、死を悼んでいる。

 白人にも人気のあるアイドルが、たまたま黒人だっただけ──そういう例はほかにもある。歌手のナット・キング・コールやサミー・デービスJr.、俳優シドニー・ポワチエ、歌手ハリー・ベラフォンテ、ソウル歌手サム・クック、ロックギタリストのジミ・ヘンドリックス、テニスのアーサー・アッシュ、バスケットボールのマイケル・ジョーダン、トーク番組司会者のオプラ・ウィンフリー、ゴルフのタイガー・ウッズ。大統領のバラク・オバマもそうだ。

 マイケルの歌って踊るスタイルは、明らかにジャッキー・ウィルソンやジェームズ・ブラウンらの黒人アーティストから受け継いだものだ。しかし、そこにはフレッド・アステアやジーン・ケリーといった白人アーティストの伝統も確かに息づいている。78年の映画『ウィズ』では、『オズの魔法使』で白人が演じたかかしの役をマイケルが演じている。

 そのカリスマ性と人気の点で、マイケルに最も近かったのはエルビス・プレスリーだろう(プレスリーの死後、その娘とマイケルは結婚し、すぐに離婚した)。人種の壁を越えたスターという点でも、プレスリーはマイケルの白人版だ。

性的にも人種的にも「中性化」

 テネシー州メンフィスのラジオ局は、プレスリーのデビュー当時、リスナーが彼を黒人と勘違いしないよう、白人だけの学校の卒業生だと注釈を加えるのが常だった。幸いマイケルはテレビ時代の申し子だから、どんなに天使のような声でも、白人と勘違いされることはなかった。

 絶頂期には年間5000万〜7500万ドルを稼いだマイケルだが、そのファンに白人が多かったのは事実。賢明なるマイケルは、その理由を十二分に承知していたはずだ。初期には、それが子供ならではの愛らしさだった。そして大人になってからは、性的存在としての男を感じさせないことが白人ファンに受ける秘訣だった。

 マイケルはエネルギッシュでカリスマ的で、才能にも恵まれていたが、性的魅力を発散するタイプではなかった。黒人アーティストには(ジョー・ターナーやJAY-Zのように)セックスアピールで白人女性をとりこにするタイプもいるが、マイケルは違った。

 マイケルは人種的にも中性化していった。縮れ毛はストレートに、唇は薄く、鼻は細くした。皮膚は病的なまでに白くなった。

 白人男性が黒人男性に抱きがちな性的な劣等感を思えば、この中性化の意図も分かるだろう。14歳の黒人少年エメット・ティルが白人女性を誘惑したとして白人に惨殺されたのは、マイケルの生まれるわずか3年前のことだ。

 マイケルが「ベンのテーマ」を歌ったのは13歳のとき。どんな計算があったにせよ、彼は自分を純真さと愛らしさの象徴へと改造しようとしていた。

 だが、そうした策略には行き過ぎがつきものだ。彼の顔はどんどん死人に近づいていった。

 作家トニ・モリスンの近著『慈悲』に、アフリカ女性が白人の奴隷商人を初めて見たときの印象を語る場面が思い出される。「病気か死んでいるのかと思った」。商人の肌があまりに白かったからだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

尹大統領の逮捕状発付、韓国地裁 本格捜査へ

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正

ワールド

イスラエル政府、ガザ停戦合意を正式承認 19日発効

ビジネス

米国株式市場=反発、トランプ氏就任控え 半導体株が
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 3
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさかの密航者」をCAが撮影...追い出すまでの攻防にSNS爆笑
  • 4
    感染症に強い食事法とは?...食物繊維と腸の関係が明…
  • 5
    女性クリエイター「1日に100人と寝る」チャレンジが…
  • 6
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 7
    フランス、ドイツ、韓国、イギリス......世界の政治…
  • 8
    失礼すぎる!「1人ディズニー」を楽しむ男性に、女性…
  • 9
    オレンジの閃光が夜空一面を照らす瞬間...ロシア西部…
  • 10
    本当に残念...『イカゲーム』シーズン2に「出てこな…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 5
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 6
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 7
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 8
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 7
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 10
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中