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マイケル・ジャクソン

ネバーランドを探して

2010年6月25日(金)16時16分
デービッド・ゲーツ

史上最高のエンターティナー

 中年期のマイケルの顔も、そんな印象を与える。79年発売の『オフ・ザ・ウォール』のジャケットに写るマイケルの顔は真っ黒だ。当時21歳、大人の男らしさを強調したかったのだろう。音楽的にも、この作品が最高の出来だ。『スリラー』まで来ると、既に肌の色は変わり始めている。

 なぜ、ありのままの外見にここまで不満だったのだろう? 白人に変身しようとする行為は、黒人への裏切りではないのか?

 だが、彼の同胞はそれを大目に見て、彼の曲を聴き続けた。自分も髪をストレートにし、肌を脱色したことがあれば、マイケルの気持ちも理解できたからだ。

 こうして慎重に作られた仮面をはがせば、マイケルの真の芸術性が見えてくる。エンターテイナーとしての彼は文句なしに史上最高だった。ニューヨーク・タイムズのダンス批評担当記者は88年に、マイケルを「動きを純粋に動きとして生かした......巨匠」と評した。かのダンスの名手フレッド・アステアまでも、マイケルのダンスに舌を巻き、わざわざ電話をかけて賛辞を贈ったという。

 歌手としては、いろいろな声色を器用に使い分けていた。「アイル・ビー・ゼア」ではソフトに、「ザ・ウェイ・ユー・メイク・ミー・フィール」では荒々しく、「シーズ・アウト・オブ・マイ・ライフ」では悲しみを繊細に表現するといった具合。シナトラが何を歌ってもシナトラ節になるのとは対照的だった。もっとも、シナトラは歌の神様だが、マイケルは偉大な歌手というだけで、歌では神の領域まで達していない。

 新たな音楽のコンセプトを打ち出した点では、マイケルと肩を並べるのはジェームズ・ブラウンくらいなものだろう。時代を先取りする切れ者プロデューサー、クインシー・ジョーンズと組んで生み出したのは、ディスコとソウルとポップを融合した斬新なサウンド。いまラジオから流れてくるヒット曲の多くはその二番煎じだ。

 かつてソニー・ミュージックの総帥トミー・モトーラは、マイケルを「音楽ビジネス全体を支える礎石」と呼んだ。シナトラのヒット曲がその時代と切り離せないように、マイケルがジョーンズとのコンビで世に出した「今夜はドント・ストップ」や「ビリー・ジーン」は、80年代という時代と切り離せない。それでいて、いつ聴いても古臭さを感じない。

永遠の子供が年老いたとき

 亡くなる前夜、マイケルはロサンゼルスのステープルズ・センターでリハーサルを行った。復帰ツアーと銘打って、この7月からロンドンで50回ライブを行う予定で、その準備だった(50回とも既にチケットは完売していた)。周囲は、本当に彼がツアーをやり切れるかどうか心配し、オープニング公演は1週間延期されていた。

 だがマイケルは既に50歳。永遠の子供にしては年を取り過ぎた。エルビス・プレスリーの享年より8歳も上であり、全盛期は4半世紀も前のことだ。

 しかも長年、健康問題を抱えていた。薬物乱用もあったようだ。AP通信によれば、ロサンゼルスの薬局が2年間にわたって10万ドルの処方薬が未払いになっているとして訴訟を起こしていたという。

 経済的な問題もあった。2450万ドルのローンを滞納し、08年にはネバーランドが差し押さえられそうになった。ロンドンツアーで過酷なスケジュールをこなしても、稼ぎは5000万ドル程度。かつての栄光の時代と比べたら、わずかな額にすぎない。

 それに、もちろん心の問題もあった。子供であり黒人であるという彼の存在そのものが問題をはらんでいた。その生涯の最後の日々、復活公演を目前に控えて、マイケル自身も(ファンと同様に)期待に胸膨らませていただろうか。あるいは自らの神話の再構築を重荷と感じていなかったか。

 ステージでの至福の瞬間は、何時間、いや何日間も続く緊張や重圧をも吹き飛ばすほど、素晴らしいものなのか。もしも彼に会えるなら、聞いてみたいものだ。

 彼自身が自分の人生をどう感じていたにせよ、私たちの目には、それは紛れもなく天才の一生だった。それを勝利と呼ぶか、くだらぬ見せ物と呼ぶかは別として。

 あふれんばかりの創造性にせよ、自らをつくり替えたその執念にせよ、マイケル・ジャクソンのようなアーティストは過去にいなかった。私たちはマイケルを忘れない。私たち自身が、天国のネバーランドに召される日まで。

[2009年7月 8日号掲載]

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