嘘と煽動のペイリン劇場
大衆を見下しながら利用する危険人物の中央政界入りは願い下げたい
アーネスト・グリューニングをご存じだろうか。第一次大戦の従軍経験を持つ著名なジャーナリストで、1939年に当時のフランクリン・ルーズベルト大統領からアラスカ準州の知事に指名された人物だ。
グリューニングは知事を14年間務めた後、アラスカが正式な州に昇格する前年の58年に連邦上院議員へ転身。10年間にわたって議会で活躍した。その間、ベトナム戦争に道を開いたトンキン湾決議に反対票を投じたこと、緊急通報用の電話番号「911」を制定する決議案を提出したことで知られている。
こんな昔話を持ち出したのは、保守系の論壇誌ウイークリー・スタンダードのマシュー・コンチネッティが発表した新著『サラ・ペイリンへの迫害』に反論するためだ。コンチネッティは同書で、サラ・ペイリン前アラスカ州知事に対するリベラル派の反発は「沿岸部の大都市出身者以外に対する嫌悪、東部の文化的エリートの基準、価値、政策、姿勢を受け入れようとしない人々への反感」にほかならないと非難した。
だが、グリューニングの見事な経歴を見てほしい。ペイリンの政治的キャリアがいかに貧弱なものかがよく分かるはずだ。
ペイリン自身は相変わらず素朴な田舎っぽさを売り込むのに熱心で、自分をインテリぶった知識人やワシントン政界の住人と盛んに対比させている。もっとも支持者たちは、本人が軽蔑しているはずのワシントンに彼女を送り込みたがっているようだ。
ペイリンの話を聞いていると、大衆の素朴な常識をそのまま政治に持ち込もうとするポピュリズム(大衆迎合主義)の手法は、過去に1度も使われていない万能薬であるかのような錯覚に陥る(コンチネッティらは、ペイリンを100年ほど前のポピュリズムを代表する大衆扇動型政治家で、銀本位制と大資本への規制を主張したウィリアム・ジェニングス・ブライアンになぞらえているが......)。
悪魔払い信じるのは勝手だが
しかし、ポピュリズムにはさまざまな欠点がある。問題はアメリカ人の半数以上が暮らす大都市や、自分の子供を入学させたいと願う名門校への偏見をかき立てることだけではない。それ以上に問題なのは、大衆の不満の受け皿を自称するポピュリズムが、その大衆を政治的に利用していることだ。
昨年の大統領選中、ペイリンは数々の「告発」を受けた。いわく、彼女はアラスカ独立党(AIP)の党員か支持者だった。2000年の大統領選に共和党ではなく、第3党の改革党から出馬した孤立主義的保守派の論客パット・ブキャナンを支持した。地球温暖化は人間のせいだという説に疑問を抱き、神はイラクでアメリカに味方していると考えている。生命は神の創造物であるとする創造論を学校で教えることを支持し、悪魔払いを熱狂的に称賛する教会に属している──。
後の確認作業によって、告発の一部は事実ではないことが判明した。ペイリンの夫はAIPの党員だが、本人は集会に数回出席し、州知事時代に友好的なビデオメッセージを1度送っただけだった。ブキャナンの集会に応援バッジを着けて参加したのは事実だが、本人は「お付き合い」のつもりだった。イラクに関しては、神がアメリカに味方すること、あるいはアメリカが神の側にいることを望むと言っただけだった。
温暖化の原因は自然的要因と人為的な影響のどちらもあり得るという中間的立場を取っている。創造論については、進化論と一緒に教えてはどうかと考えている(ただし、悪魔払いの件は弁解のしようがない。動画投稿サイトYouTubeの映像が動かぬ証拠だ)。