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トレンドスライスピザよ、永遠に
新鮮食材を使ったおしゃれなナポリ風もいいが、ニューヨーク育ちの「アメリカンピザ」の伝統は守りたい
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Sabine Scheckel-Digital Vision/Getty images
料理人のマシュー・パロンビーノ(31)がブルックリンで「モトリーノ」を開業したのは08年のこと。ニューヨーク屈指の有名シェフ、ローラン・トゥーロンデルやデービッド・ブーリーの下で修業を積んだ彼だが、最近のレシピはむしろ素朴だ。
ナポリ産の小麦粉とトマトとチーズ。450度にまで達する巨大な薪窯はテキサスで......ナポリ出身の男に造らせた。「目標は伝統的なナポリピザを作ることだ」と、パロンビーノは言う。
「正真正銘の本物、最高の品をね」
地元の食通はすぐ太鼓判を押したが、異論のある集団が少なくとも1つあるらしい。近所のイタリア系アメリカ人だ。「みんな60歳とか70歳で、僕のピザは食べない。1切れ2ドルで売ってるよその店へ行くんだ」と、パロンビーノも認める。彼のピザもなかなかだが、その理由は分かる。
ニューヨークのピザはこの街で最も由緒ある特産品。安くてチーズたっぷりのピザはここ100年でイタリア系移民が暮らすリトルイタリーから全米に広がり、ニューヨークの象徴に、そして「アメリカンピザ」の理想形になった。
ところが、ニューヨーク・タイムズ紙の料理批評家フランク・ブルーニの言葉を借りればこの半年は「ピザ界の大変革期」。まさにこれまでのニューヨークピザの概念が決定的に変化しかねない情勢だ。高級志向の波に乗って新鮮な食材を使ったナポリ風ピザを出す店が続々オープン。一方、本格的なニューヨークピザの有名店には衰えの兆候が見受けられる。
09年1月には老舗「ディ・ファラ」がベテランのピザ職人ドム・デマルコの骨折を受けて数週間休業。他の有名店も姿を消しつつある。この先に待ち受けるのはニューヨークにおける「ピザ勢力分布」の転換なのか。
「ニューヨークピザの危機だ」と、スライスエヌワイ・ドットコムの編集者アダム・クバンは言う。「高級店も素晴らしいがあれは別物。スライス売りの名店がなくなれば、3ドル持って店に寄り、買ったピザを歩きながら食べるという1つの生活様式が消滅する」
進化するNY伝統のピザ
観光客に「これぞニューヨークピザ」と思われがちな(街のそこかしこにある「レイズ・オリジナル」のような)店の味が新興勢力の高級ナポリピザに遠く及ばないのもつらい。本場ナポリピザ職人協会のアメリカ代表を務めるロベルト・カポルシオは、自分が経営する「ケステ」のような店はニューヨークピザを原点に回帰させているにすぎないと指摘する。
ナポリ出身のジェンナーロ・ロンバルディがアメリカ初のピッツェリアを開店させたのは1905年。その後アメリカ人の食欲を満たすべくサイズは10インチから18インチへ、テイクアウト用に長持ちするよう薄力粉は強力粉へ変更。加工食品のチーズやソース、ファストフードのチェーン店も登場した。
一方、「ナポリピザこそ本物」と語るカポルシオが作るマルゲリータは絶品だ。つぶしたトマトの酸味に新鮮なモッツァレラチーズのまろやかさが調和し、塩気のある生地は軽くてかみ応えがある。
だがニューヨークのスライスピザはただの食事ではなく「体験」だ。新世代のピザ職人には古きよきピザ文化も守り抜いてもらいたい。無理ではない証拠に、開店して1年の「アーティチョーク・バジルス」では蒸し暑い日でも店先にランチ客が行列していた。パリッとした生地にとろとろのチーズ、滴るソースに山盛りのバジル。特大ビールと相性抜群のここのピザは実にニューヨークらしい。
現時点ではカポルシオのピザと競り合うには、生地が堅くソースも味気ない。だが、地元に根付いた極上のスライスピザは歳月と手間をかけ真の名品へ進化し得る。
残念ながら、最近の様子を見る限り老舗の名店も不死身ではないらしい。やぼったいがモノづくりにはこだわる──アーティチョークのような店こそ、ニューヨークの街の灯をともし続ける希望の星になりそうだ。
[2009年6月17日号掲載]