CIAがひた隠す秘密暗殺部隊
しかしある元職員によれば、6月にパネッタが計画を完全に廃止するまで、CIAは暗殺部隊計画を完全には断念していなかった。職員はいつでも大統領がこの選択肢を選べるよう準備する必要があると考え、計画の見直しを重ねていた。
CIAでは過去2年の中で、この計画について少なくとも3回の高官レベルの会合が開かれた。しかし際立った進展はなかったと、ある職員は言う。最後に行われた数回の会合が大統領や副大統領、国家安全保障問題担当補佐官を含むホワイトハウス高官や議会に知らされなかったのも、大して中身がなかったことが理由だった。
しかし計画をめぐる極度の秘密主義のせいで、CIAは下院情報特別委員会に所属する7人の民主党議員から「重大な活動」を01年以降議会に隠蔽し続けている、と糾弾されることなった。
情報隠しはチェイニーの指示か
下院情報特別委員会は機密事項について詳細を明かすことを拒否している。しかしニューヨークタイムズ紙は今月11日、上下両院の諜報機関委員会に対してCIAに計画の情報を流さないよう指示したのはディック・チェイニー副大統領(当時)と報じた。
チェイニー自身はコメントを出しておらず、彼は無関係だとする元職員もいる。一部の職員は、チェイニーが関与しているかどうかをめぐる議論はこれまでで最も激しいものになるだろうと予測する。
しかし提案された暗殺部隊の違法性に対する懸念はCIAにもホワイトハウスにもなかったと、複数の政府職員は証言している。事情に詳しい複数の職員は、アルカイダのテロリストを海外で追跡・殺害するCIA特別部隊の設立は、9・11テロ後にブッシュがCIAに与えた広範な法的権限を超えることにはならないと言う。
同じような権限は過去にもCIAに与えられてきた。02年11月、CIAはアルカイダの上級工作員カエド・サリム・シナン・アルハレチを殺害するためイエメンに無人飛行機を送った。
「国外でテロリストを追跡する計画に驚く理由はない」と、ある職員は言う。「それはCIAの任務の一部だ。この特別な計画が完全に実行に移されたことはないが、別のいくつかの作戦は実行され、議会に正式に報告されている」
9・11テロの調査委員会によれば、アルカイダがアフリカにある2カ所の米国大使館を攻撃した4カ月後の98年12月、当時のビル・クリントン大統領はCIAがウサマ・ビンラディン捜索の過程で、必要に応じてアフガニスタンの部族を利用してビンラディンを殺害する権限を認める覚書にサインした。クリントンは99年2月の覚書で前年の覚書の内容をトーンダウンしたが、これによってCIAはアルカイダの最高指導者を追う過程でどこまでの行動が許されるのか混乱してしまったと、委員会は報告している。