標的の癌細胞だけを免疫システムが狙い撃ち...進化型AIを駆使した「新たな癌治療」とは?
PIERCING CANCER’S INNER SANCTUM
癌細胞を破壊する治療法の開発が始まったのは、癌細胞に特有の遺伝子的特性が特定可能になったおかげだ。米食品医薬品局(FDA)は01年、慢性骨髄性白血病に特有の異常遺伝子によって産出されるタンパク質に作用する抗癌剤「グリベック」を承認した。
この新薬によって、患者の10年生存率は従来の50%未満から80%に上昇。以来、新たな分子標的治療が次々に登場し、いくつかの癌の生存率が劇的に改善している。
一方で、全く異なる形に変異してこの治療戦略をやりすごす癌も多い。薬の効果が時間とともに落ち、癌が再燃してしまうのだ。当時の専門家は変異がどう進むかについてのデータを持っていなかったし、持っていたとしてもその分析に必要なAIがなかった。
バイオテクノロジー企業、ジェネンテックの副社長で癌専門医のアイラ・メルマンが癌は「3次元チェス」をプレーしていると言ったのは、そんな理由からだ。
「腫瘍は(変身の)幅広さも、新しい環境への適応能力も無限のようだ」と、メルマンは言う。効果の高い癌標的療法薬、ハーセプチンとアバスチンは同社の製品だ。「私たち癌専門医は、まだ十分な対抗手段を手にしていない」
新たな標的遺伝子治療の限界が見えてきたのと同じ頃、免疫学者のジェームズ・アリソンは、免疫療法への人々の関心を取り戻すとともに、夢の治療法に期待をつなぐ先駆的な実験を行っていた。
アリソンは90年代初頭には既に、細胞表面にあるレセプター(受容体)と呼ばれる微細なタンパク質に狙いを定めていた。レセプターはアンテナ的な役割を果たし、異物、つまり「抗原」の存在を検知し、抗原に結合し、攻撃を開始する。
この頃、「CTLA-4」というタンパク質が、免疫に関わるT細胞のスイッチを「オフ」にして攻撃をやめさせることが確認された。アリソンは考えた。CTLA-4の働きを無力化する薬があれば癌に対する体の反応を高められるのではないか。
そこでアリソンは、癌を移植したマウスにCTLA-4に対する抗体を投与する実験を行った。この抗体はCTLA-4に出合うと、結合してスイッチが動かないようにする。この手法は予想以上にうまくいった。今なら理由は分かる。多くの癌ではCTLA-4を使って、免疫反応のスイッチをオフにするような突然変異が起きているのだ。
アリソンの実験は、体の防衛機能と癌細胞の「チェス」に介入して癌の変異に対抗できることを示す研究の先駆けとなった。00年にアリソンの開発した抗体を末期の転移性の悪性黒色腫(メラノーマ)の患者14人に投与したところ、3人が完全に寛解した。メラノーマの初の免疫療法薬は11年にFDAから承認された。
この治療法は癌治療の新時代の到来を告げるもので、他の種類の癌に使える同様の薬が開発されるようにもなった。だが一方で、なぜ免疫療法で効果が出るのは一部の患者に限られるのかという悩ましい問題も残っていた。今であれば問いはこうなるだろう。なぜ一部の種類の癌にのみ効果があるのか、なぜ効くケースと効かないケースがあるのか?