標的の癌細胞だけを免疫システムが狙い撃ち...進化型AIを駆使した「新たな癌治療」とは?

PIERCING CANCER’S INNER SANCTUM

2024年5月1日(水)10時35分
アダム・ピョーレ(ジャーナリスト)

多くの腫瘍学者が指摘するように、楽観視すべき根拠は豊富にある。新しいイメージング技術のおかげで、腫瘍の内部や周辺のタンパク質の位置、およびタンパク質の相互作用について、正確なデータが入手可能になっている。

取得した大量のデータは、進化したAI(人工知能)によって解析できる。患者それぞれの腫瘍の遺伝子構造を、迅速かつ安価に確定できるシークエンシング技術を組み合わせれば、数年前はあり得なかったことが今では可能だ。

「腫瘍の断片から個々の細胞の特性を評価し、膨大な量の情報を取り出すこともできる」。NPOのシステム生物学研究所を率いる生物工学者のジェームズ・R・ヒースは、そう話す。「AIモデルは大量のサンプルを処理して、複数の仮説を提供する。大変革が起きるかもしれない」

現在、AIが設計した初の抗癌剤が臨床試験中で、2番手や3番手の開発も進む。AIベースの新薬開発への投資は2018~22年に3倍増を記録し、246億ドル規模に達した。

癌は実に複雑で、人間の理解力では捉え切れない。癌細胞の変異はどれほど優れた治療も阻害しかねず、しばしば免疫系を停止させる。その仕組みを理解し、癌への攻撃スイッチを入れる新たな方法を開発するには、患者それぞれの癌がそれぞれの時期にどんな活動をしているか、分子レベルのデータを入手することが不可欠だ。

だが癌研究者は長年、目隠し状態も同然で、実態を判別する能力をほぼ持たないまま治療を目指してきた。癌との戦いの歴史は、目隠しを少しずつ取り払ってきた道のりでもある。

多くの専門家は20世紀になっても、免疫システムが助けになるとは考えていなかった。ミクロの侵入者を見張る軍団のように体内を循環する免疫細胞の力は評価していたが、癌細胞は正常細胞と酷似しているため、免疫系は侵入者として認識できないという説が主流だった。見分けがつきにくいからこそ、標準治療の根治的乳房切除法や放射線治療、化学療法では、両者を区別せずに破壊する。

標的治療にも見えた限界

癌細胞のみを標的にする手法が確立され始めたのは、1990年代前半だ。当時、ディアスはジョンズ・ホプキンズ大学医学大学院で、癌遺伝学の先駆者であるバート・ボーゲルスタインの下で研究を行っていた。

ボーゲルスタインらの功績によって、多くの癌は特定の遺伝子(癌遺伝子)の突然変異や、欠陥のある遺伝子を破壊するはずの癌抑制遺伝子に起きた問題が原因となって発生することが明らかになった。その後、さまざまな癌に特有の変異が数多く分類されてきた。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

豊田織機の非公開化報道、トヨタ「一部出資含め様々な

ビジネス

中国への融資終了に具体的措置を、米財務長官がアジア

ビジネス

ベッセント長官、日韓との生産的な貿易協議を歓迎 米

ワールド

アングル:バングラ繊維産業、国内リサイクル能力向上
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 7
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 8
    ロケット弾直撃で次々に爆発、ロシア軍ヘリ4機が「破…
  • 9
    ビザ取消1300人超──アメリカで留学生の「粛清」進む
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 7
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中