標的の癌細胞だけを免疫システムが狙い撃ち...進化型AIを駆使した「新たな癌治療」とは?
PIERCING CANCER’S INNER SANCTUM
多くの腫瘍学者が指摘するように、楽観視すべき根拠は豊富にある。新しいイメージング技術のおかげで、腫瘍の内部や周辺のタンパク質の位置、およびタンパク質の相互作用について、正確なデータが入手可能になっている。
取得した大量のデータは、進化したAI(人工知能)によって解析できる。患者それぞれの腫瘍の遺伝子構造を、迅速かつ安価に確定できるシークエンシング技術を組み合わせれば、数年前はあり得なかったことが今では可能だ。
「腫瘍の断片から個々の細胞の特性を評価し、膨大な量の情報を取り出すこともできる」。NPOのシステム生物学研究所を率いる生物工学者のジェームズ・R・ヒースは、そう話す。「AIモデルは大量のサンプルを処理して、複数の仮説を提供する。大変革が起きるかもしれない」
現在、AIが設計した初の抗癌剤が臨床試験中で、2番手や3番手の開発も進む。AIベースの新薬開発への投資は2018~22年に3倍増を記録し、246億ドル規模に達した。
癌は実に複雑で、人間の理解力では捉え切れない。癌細胞の変異はどれほど優れた治療も阻害しかねず、しばしば免疫系を停止させる。その仕組みを理解し、癌への攻撃スイッチを入れる新たな方法を開発するには、患者それぞれの癌がそれぞれの時期にどんな活動をしているか、分子レベルのデータを入手することが不可欠だ。
だが癌研究者は長年、目隠し状態も同然で、実態を判別する能力をほぼ持たないまま治療を目指してきた。癌との戦いの歴史は、目隠しを少しずつ取り払ってきた道のりでもある。
多くの専門家は20世紀になっても、免疫システムが助けになるとは考えていなかった。ミクロの侵入者を見張る軍団のように体内を循環する免疫細胞の力は評価していたが、癌細胞は正常細胞と酷似しているため、免疫系は侵入者として認識できないという説が主流だった。見分けがつきにくいからこそ、標準治療の根治的乳房切除法や放射線治療、化学療法では、両者を区別せずに破壊する。
標的治療にも見えた限界
癌細胞のみを標的にする手法が確立され始めたのは、1990年代前半だ。当時、ディアスはジョンズ・ホプキンズ大学医学大学院で、癌遺伝学の先駆者であるバート・ボーゲルスタインの下で研究を行っていた。
ボーゲルスタインらの功績によって、多くの癌は特定の遺伝子(癌遺伝子)の突然変異や、欠陥のある遺伝子を破壊するはずの癌抑制遺伝子に起きた問題が原因となって発生することが明らかになった。その後、さまざまな癌に特有の変異が数多く分類されてきた。