標的の癌細胞だけを免疫システムが狙い撃ち...進化型AIを駆使した「新たな癌治療」とは?
PIERCING CANCER’S INNER SANCTUM
DNA変異の多さがカギに
10年代、ジョンズ・ホプキンズ大学のディアスらは、治療薬に対する特定の癌の反応を左右する要因は数多くあるのではないかと推測した。癌の進行に影響を与える要因にもいろいろあることが分かってきてもいた。だが、その解明にはAIの力が必要だと多くの研究者が考えている。
とりわけディアスらが注目したのが、変異が非常に多く発生するタイプの癌(例えばメラノーマや肺癌)において、治療成績が特にいいように思われた点だ。彼らは、この種の癌はCTLA-4のオフスイッチを入れ、T細胞の動きを止めて攻撃に出られなくしてしまうのではないかという仮説を立てた。治療薬はこのスイッチをオンに戻したわけだ。
ディアスがこの仮説を確かめてみようと思ったきっかけは、エレベーター内での同僚との会話だった。同僚は大腸癌の新しい免疫療法薬の治験を行っていたが、1人も薬に反応しないのが悩みだった。ところがエレベーターで一緒になったとき、同僚は言った。自分が間違っていた、反応した患者が1人だけいた、と。
ディアスはひらめいて尋ねた。もしかして、それはリンチ症候群の患者なんじゃないか?
リンチ症候群は家族性の遺伝子疾患だ。大腸癌の5%程度はリンチ症候群によるもので、遺伝子の変異が非常に数多くみられるのが特徴だ。この病気では細胞の突然変異を修復するシステムに問題があり、分裂のたびに変異がどんどん増えていってしまう。普通の結腸癌では変異の数が約70個なのに対し、リンチ症候群では平均1700個だ。そしてディアスの読みは正しかった。
13年、ディアスは末期の転移癌の患者を対象にした臨床試験に取りかかった。参加したのは大腸癌の患者が32人、それ以外の固形癌の患者が9人だ。結果は驚くべきものだった。大腸癌の患者の40%、他の癌の患者では71%に効果が認められた。そして、DNA変異の修復に問題がない患者では、効果は見られなかった。
ディアスはその後、研究の規模を拡大して被験者を86人に増やした。癌の種類は12種類だったが、いずれも「ミスマッチ修復機能欠損による癌」に罹患していた。つまり、リンチ症候群(DNA複製の際の特定の種類のエラーを修復する能力がない)によって引き起こされるものだ。また今回は、末期ではなく転移癌と診断されて間もない患者を対象とした。その結果、患者の4分の3で効果が認められ、うち18人は完全な寛解までこぎ着けた。
17年に科学誌サイエンスで発表されたその結果と他の4研究の同様の結果を受けて、FDAは、最初に癌が発生した部位にかかわらず、「ミスマッチ修復機能欠損」による遺伝子変異を伴う、全てのタイプの末期癌の治療薬として免疫療法薬を認可した。FDAが「臓器横断的」な癌の治療薬を認可したのはこれが初めてだった。以後ラロトレクチニブ、エヌトレクチニブ、ドスタルリマブの3種が認可された。
ディアスは少し早期に治療するだけで効果が格段に上がることに驚いた。そこで17年にMSKCCに移籍すると、直腸癌の専門家であるアンドレア・サーセクと早期癌の患者の臨床試験について話し合った。