小型EVやアプリで導くスマート交通戦略が、バンコクの渋滞を解消し市民のQOLまで向上!?
PR

プロジェクトの実証実験に導入された、日本のベンチャー企業FOMM(フォム)が開発し、タイで生産されている次世代型電動ミニカー
<慢性的な交通渋滞に悩まされているタイの首都バンコク。IT技術の活用で仕事や生活のスタイルを転換し、渋滞による多様なリスクを軽減。「生活の質(QOL:Quality of Life)」の向上を目指す研究プロジェクトが進行中だ>
首都圏人口およそ1,600万人ともいわれるバンコク。1999年以降、スカイトレインと呼ばれる高架鉄道や地下鉄などの市内鉄道網は、20年間で0キロメートルから167キロメートルへ相当のスピードで整備されてきたが、経済成長や自家用車の増加で、いまだに世界でも指折りの深刻な交通渋滞が発生している。
信号が青になってもまったく前の車が進まず、交差点で30分以上も立ち往生することもある。近郊に住んでいても通勤・通学に2~3時間かかる人もいて、時間のロスが生活の快適さを奪っている。大気汚染も深刻で、空が排気ガスで霞みがかっていることも多い。
そこでデジタル戦略「Thailand4.0」を打ち出すタイ政府がJICAなどと協力して進めているのが、IT技術を活用した交通渋滞の緩和に向けた本プロジェクト。タイと日本の大学研究者たちが共同で研究にあたっている。
プロジェクトでは渋滞を緩和し、人々が効率的に移動するための研究が進んでいる。そう聞くと、最短・最速の移動ルートを提案することを思い浮かべがちだが、「私たちがいちばん重要視しているのは、移動の快適さとその先にある個人のQOLの向上です」とプロジェクトリーダーの林良嗣さんは語る。
幸福度という指標で交通戦略を立てる
たとえばAからBに移動する場合、人によって快適(タイの人々が大切にするSabai=サバイ)だと感じるルートの選択基準は異なる。「混んでいても自家用車が楽な人もいれば、電車で早く着きたい人もいます。時間はかかっても緑道を自転車で移動する方を選ぶ人、お金がかからない方がいい人もいるでしょう。人によって異なる移動の快適さを数値化し、時間や温室効果ガスの排出量、渋滞予測なども勘案して、一人ひとりに合ったオーダーメイドの移動プランを提案できるシステムの構築を目指しています」
そのためにプロジェクトでは四つのワーキンググループを立ち上げた。渋滞を緩和し、人々の快適さが高くなる交通手段のシミュレーションモデルの開発や、徒歩や自転車、電気自動車など使いやすいスマート交通手段の検討、AIを活用した性別や年齢、職業などによって異なる快適さや満足感の数値化、QOLの"見える化"の研究を実施している。
プロジェクト開始から3年。この7月には、バンコク中心部に近い繁華街のスクンビット通り沿道地区で、スマート交通手段の実証実験が始まった。対象は市内に多数存在するソイ(路地)にある3棟のマンションの住民。スマートフォンのアプリケーションを使って住民がシェアできる、小型電気自動車が導入された。道が狭く、行き止まりが多いため渋滞の発生源となっているソイから最寄り駅までの移動を、自家用車から次世代型電動ミニカーに切り替えることで車の流れがスムーズになり、渋滞と排出ガスの緩和・解消につながると期待されている(実証実験の詳細は次のページ参照)。
「実証実験を通して渋滞の状態や、電気自動車の利用頻度、利用者のQOLを最大化する移動ルートなどのデータが蓄積されます。そのデータをフィードバックしてシステムの改良を図っていきます」と業務調整員の安藤亥二郎さんは実証実験について説明する。
QOLという指標で都市交通を見直すこのプロジェクトの中心にあるのは、一人ひとりの快適さだ。これは誰ひとり取り残さない社会をつくり、SDGsに掲げられた目標11「住み続けられるまちづくり」につながる。「このモデルが確立されれば、タイ国内や東南アジア諸国の都市、さらには日本でも展開できる可能性を秘めています」と林さんは未来を見続ける。