違法の「幻覚キノコ」が不安・鬱を和らげる──米で研究
これらの研究結果は、末期癌などの患者の不安に対処する画期的な治療につながる可能性があるとして、著名な心理学者たちに高く評価されている。将来的には健康な人の不安を改善する薬としての利用もあり得ると、グリフィスは期待している。
「研究の質の高さ、また欧米の精神医学界の名だたる権威がこれらの研究を強く支持していることから、シロシビンの利用に懐疑的な向きも納得する」はずだと、インペリアル・カレッジ・ロンドンの神経精神薬理学者デービッド・ナットは言う。
とはいえ、鬱や不安の対処法としてシロシビンを含むキノコを食べる家庭療法は奨められない。第一、シロシビンはアメリカではスケジュールⅠの規制薬物に指定されている。医療的価値がなく、乱用の危険性が高いとDEAが見なした薬物で、所持は違法だ。
臨床試験では、精神疾患の病歴がないか事前にチェックした上で、慎重に管理された状況で投与された。シロシビンを不用意に用いれば深刻なリスクを伴うと、ロスは警告する。
いずれの試験でも長期の副作用は認められなかった。ごく少数の患者が一過性の吐き気や頭痛を訴えただけだ。
半世紀前に戻って再スタート
癌患者を対象にしたのは、彼らの不安に対処する有効な治療法がないから。癌患者の最大40%に気分障害の症状がみられる。不安や抑鬱状態は癌そのものの治療にも悪影響を及ぼす。
シロシビンの効果が長持ちする理由はよく分からないが、ヒントはある。シロシビンは重要な神経伝達物質であるセロトニンの受容体と結び付く。インペリアル・カレッジ・ロンドンの研究チームが磁気共鳴映像法(MRI)を使って行った実験では、脳全域のニューロンの活動が変化し、通常なら連携することのない脳の異なる領域同士がつながることが分かった。シロシビン投与で患者が経験する変化も、これで説明できるかもしれないと、グリフィスはみている。
シロシビンは依存症の治療にも有効かもしれない。ジョンズ・ホプキンズ大のチームが14年に発表した小規模の研究では、シロシビン投与で15人の喫煙者のうち12人が禁煙に成功し、半年後もたばこを断っていた。ほかの禁煙法に比べ、非常に高い成功率だ。
キノコからシロシビンを分離し、合成することに最初に成功したのは、LSDの発明で知られるスイスの化学者アルバート・ホフマンだ。ホフマンの発見の前後、50、60年代には欧米で幻覚剤を使った研究が盛んに行われた。
しかし反体制派やヒッピーが医療以外の目的で幻覚剤を乱用したことが社会問題となり、米政府は68年にLSDの使用を禁止。幻覚剤の医療効果を調べる研究は全て打ち切られた。
「精神医学、腫瘍医学における幻覚剤の有効性をきちんと検証すべき時期に来ている」と、ナットは言う。「われわれ研究者はタイムマシンで50 、60年代に戻って再スタートしなければ」
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