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男性の平均寿命トップから36位へ 沖縄があっという間に「短命県」になったシンプルな理由

2021年9月21日(火)18時42分
家森幸男(京都大学名誉教授) *PRESIDENT Onlineからの転載

さらにすばらしいのは「適塩」です。新鮮な食材を使うから、塩で濃い味付けをする必要がないのです。素材を生かしたあっさりした味付けです。また豊かな食材に恵まれているから、塩を使って保存食に加工する必要もありません。

だから香港のみならず、広州も高血圧の人がほとんどいません。広州にも2度調査に行っていますが、食塩の摂取量は1985年の1回目は1日で4.6グラムでした。2回目の調査は1989年で、このときはだいぶん都市化、欧米化が進んでいましたが、それでも5.7グラムでした。

広州には脳卒中についての統計はありませんが、血圧が平均107~120と低く、おそらく脳卒中は少ないでしょう。

階段や坂が多いため暮らしているだけで運動になる

香港の人の食生活は広州とほぼ一緒と考えてよく、食に関してはひじょうに恵まれた立地にあるといえます。これにさらに香港特有の事情が加わります。

狭い香港では住居はほとんどがアパートです。古いビルではエレベータがないものも少なくありません。さらに香港は立地上、坂が多いのです。つまりお年寄りも含めて、普通に暮らすだけでもかなり歩くことになり、自然といい運動になっているのです。

また香港のレストランでは、3~4世代の大家族が食事をしている光景をよく目にします。香港は土地が狭いけれど、それだけに近所に暮らしているので一族郎党がすぐに集まれるという利点があります。その中でも年長者は食卓の中心です。

儒教の教えがありますから、お年寄りは敬われ、大切にされているのです。これはほかの長寿地域とも共通する部分でもあります。香港では食生活にプラスして運動習慣、さらに「心の栄養」が長寿を支えているのです。

日本は長寿食材を多く食べているが塩分が多すぎる

香港は移住者の多い都市です。共産中国の時代、多くの人が香港に移住してきました。その結果として中国各地の長寿食の知恵が香港に集約しているのです。

それは庶民の食文化としてしっかり根付いています。冷戦終結後、経済のグローバリゼーションが起こっても、香港はその波に押し流されることなく、独自の伝統食を守ってきたのです。

家森幸男『遺伝子が喜ぶ「奇跡の令和食」』調査に行って香港の元気な高齢者を見たとき、「これではいずれ日本は香港に負けてしまうだろう」と直感的に思いました。野菜、果物、魚、大豆といった長寿食材を摂取していることでは、香港も日本も一緒です。しかし日本のほうが塩分が多いのです。

日本人は醬油などで塩分を多用するため高血圧になり、脳卒中が多くなってしまうのです。また、日本では、特に高齢の独居男性では孤食や外食が多くなっています。塩分摂取はおのずと増え、人との交流や笑う機会は減っていきます。これでは長寿からは遠ざかる一方です。

残念ながら私の予感は当たってしまい、その後、日本は香港に抜かれ、長寿世界一の座を譲り渡すこととなりました。

家森幸男(やもり・ゆきお)

京都大学名誉教授
1937年生まれ。京都出身。67年京都大学大学院医学研究科博士課程修了。病理学専攻。米国国立医学研究所客員研究員、京都大学医学部助教授、島根医科大学教授、京都大学大学院人間・環境学研究科教授などを経て現職。NPO法人世界健康フロンティア研究会理事長。上原賞・岡本賞・日本高血圧学会特別功労賞受賞、瑞宝中綬章受章。科学技術庁長官賞、日本脳卒中学会賞、米国心臓学会高血圧賞、日本循環器学会賞、ベルツ賞、杉田玄白賞、紫綬褒章受賞。著書に『世界一長寿な都市はどこにある?』(岩波書店)、『ついに突きとめた究極の長寿食』(洋泉社)、共著に『健康長寿の食べ方 早死にする食べ方』(海竜社)など多数。


※当記事は「PRESIDENT Online」からの転載記事です。元記事はこちら
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