最新記事

インタビュー

「坂バカ」俳優・猪野学「自転車にも人生を変える力がある」

2020年5月1日(金)16時05分
朴順梨(ライター)

自転車と演技は、双方を支え合う関係に

猪野さんは各地のヒルクライムレースに参戦し続けているが、坂が好きな理由を「そこに坂があるから」と言う。


理由は本当に、「そこに坂があるから」なんです。僕は坂でスイッチが入ってしまう。楽しいんでしょうね、坂を自転車で疾走するのが。ものすごいスピードで登って心拍数が上がってきて、身体が悲鳴を上げるのが好きなんです。ちょっと理解していただけないことが多いですが(笑)。

挑戦することが楽しいから、吐きそうになるまで自分を追い込みます。まだレースで上位10位以内に入ったことがないので、いつか入りたいと思っていて。その「いつか」という可能性を持てるのも、自転車が好きな理由です。

cyclebook20200501-4.jpg

20%超えの坂が続く世界一過酷なレースに挑む猪野さん(『自分に挑む!』より Photo:Taiwan Cyclist Federation)

家でもローラー(自転車のタイヤがないエクササイズマシン)での練習を欠かさない。一般にローラーやランニングマシンは景色が変わらないこともあり、飽きてしまうことも多いが、猪野さんは「1時間は余裕でできてしまう」と語る。


ペダリングのことだけを考えて、時計にタオルをかけて見えないようにしています。ロードバイクにはワットというパワーの値があるんですけど、ワット数を上げれば上げるほど、苦しくなってくる。でもずっと続けているとある日突然、苦しくなくなるタイミングが来る。

これまでできなかったことができるようになるのが嬉しいから、毎日フラフラになるまで追い込んでいます。1日休むと取り戻すのに3日かかって、3日休むと20日かかる。だから1日1回は、心拍に刺激を入れないとならない競技なんです。

トレーニング中に雑念が浮かばないかと問うと、「自分を無にすることは苦ではない」と答えた。それは2002~03年にTBS系列で放送されていたドラマ『ピュア・ラブ』で雲水(修行僧)役を演じた際、禅寺で座禅修業した経験が活きているからだと言う。

ちなみにこの『ピュア・ラブ』は、小田茜さん扮する小学校教師の木里子と、猪野さん演じる陽春のピュアでストイックなラブを描いたドラマだ。SNSがない時代ながら、視聴者の奥様方の間で「あのお坊さんは誰?」と猪野さんが大いにバズったこともあり、パート3まで制作されている。

自転車が俳優生活を支えているのと同様に、演技で得た経験が坂バカ人生を支えている。それぞれ、切っても切れない関係に深まっていることがよく分かる。


まず自転車に乗っていれば痩せますし、体調をキープするのが楽。そういう意味では、役者生活に役立っていると思います。自転車で行くと気持ちの切り替えができるというか、仕事が終わってもまっすぐ家に帰るのではなく、一度自転車を挟むことでリセットできる。

あまりにもひどい芝居をしたことで乗れなくなってしまって、「どう演じればよかったのかな......」って、自転車を押しながらとぼとぼ自宅に帰ることもありますけど(笑)。

演技も自転車と同じで、終わりがない世界です。事務所の先輩の西田敏行さんが「芝居は生もので、最初から出来上がったものよりも、危うい部分があるもののほうがいいんだ」っておっしゃるんですが、本当にその通り。演技には間違いもなければ正解もないし、終わりもないと思っています。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

米金利先物、9月利下げ確率60%に小幅上昇 PCE

ビジネス

ドル34年ぶり157円台へ上昇、日銀の現状維持や米

ワールド

米中外相会談、ロシア支援に米懸念表明 マイナス要因

ビジネス

米PCE価格指数、3月前月比+0.3%・前年比+2
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された米女優、「過激衣装」写真での切り返しに称賛集まる

  • 3

    中国の最新鋭ステルス爆撃機H20は「恐れるに足らず」──米国防総省

  • 4

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 5

    アカデミー賞監督の「英語スピーチ格差」を考える

  • 6

    大谷選手は被害者だけど「失格」...日本人の弱点は「…

  • 7

    今だからこそ観るべき? インバウンドで増えるK-POP…

  • 8

    19世紀イタリア、全世界を巻き込んだ論争『エドガル…

  • 9

    「性的」批判を一蹴 ローリング・ストーンズMVで妖…

  • 10

    「鳥山明ワールド」は永遠に...世界を魅了した漫画家…

  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 9

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 10

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 3

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈する動画...「吹き飛ばされた」と遺族(ロシア報道)

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 6

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中