「自分らしさ」は探さない──「ありのまま」「あなたらしさ」の落とし穴
「当たり前」をずらして見える世界
高校時代空手をやっていたのですが、怪我のせいでパフォーマンスを十分に発揮できない選手をみてきました。それがきっかけで、大学では運動生理学を専攻しました。
けれど、アメリカの大学に留学中、文化人類学と出会いました。「こんな学問があるのか」と衝撃を受けたんです。人間の体を細胞レベルまでミクロでみていく生理学から、人のありふれた暮らしのあり方、ささやかな考え方を通して人間を見つめる文化人類学に、思い切って専攻を変えました。
文化人類学は、些細な日常から研究のかたちを積み上げていきます。例えば、かごの編み方や猟の仕方、ものの運び方など、具体的な生活をベースに抽象度の高い理論を生み出していく。
「いい」「悪い」をいったん保留し、些細なことも丁寧にみていくと、事象の「相対化」がおのずと始まります。はたから見たらおかしくて遅れているように見える風習や生き方が、その地域で生きていくために大事なことだってある。
一つの価値観で良し悪しを判断せず、「『当たり前』をずらす」という視点で、世の中の当たり前を「なぜ?」と考えてみる。
すると、わたしたちの世界の住みよさもみえてきます。
(取材・文:水野梓 写真:西田香織 動画:神山かおり 編集:錦光山雅子)
磯野真穂(いその・まほ)
国際医療福祉大学大学院准教授。文化人類学者。1976年長野生まれ。摂食障害の当事者の調査研究を続けている。主な著書に『なぜふつうに食べられないのか―拒食と過食の文化人類学』(春秋社)、哲学者・宮野真生子さんとの往復書簡をまとめた『急に具合が悪くなる』(晶文社)など。食べることや身体、取り巻く社会を考えるワークショップ「からだのシューレ」主宰。