最新記事

インタビュー

「自分らしさ」は探さない──「ありのまま」「あなたらしさ」の落とし穴

2020年4月2日(木)18時25分
Torus(トーラス)by ABEJA

磯野:生きるために不可欠な営みであるはずの「食べる」という行為が、「栄養素」などの一元的な情報として扱われるようになる。場合によっては罪悪感のもとになり、その罪悪感に応えるかのように、「ギルトフリー食品」と呼ばれる、太らないおやつまで登場してくる。

数字と付き合わずに生きていくのは非現実的ですが、数字そのものが持つ力に自覚的であるということは、言い過ぎても言い足りないことはないと思います。


数字を用いた管理の視点が人々の生活に入り込むと、そこでは何が起こるのでしょう。(中略)数字の管理下に置かれたモノ/者たちは、それらがもともと埋め込まれていた文脈、すなわち具体的な世界から切り離されてしまいます。するとその影響を受けた人々の生活スタイルや考え方までもが変化することがあるのです。これが数字の持つ脱文脈化の力、言い換えると、世界の彩りを消し去る力です。(『ダイエット幻想──やせること、愛されること』より引用)

自分の身体が他者の声で満たされないために

Torus200311_5.jpg

磯野:文化人類学を専門とする私は心を「現れ」ととらえています。世界との接地面に「心」が現れてくる、と見る。

摂食障害の話を聞くと、過去の苦しさと未来の不安が団子状になって覆いかぶさっている感じがする。その未来と過去の断片で押しつぶされて「今」に接地できていない感じがある。

だから「いかに接触するか」「いかに世界とかかわるか」だと思います。

人は生活上、「母」「教員」「学生」といった、いろんな「役割」をもっていて、その役割に応じたつながり方や生き方をしています。これを「タグ(札)付けする関係」と呼びます。

社会を営む上で、こうした「タグ付け」の関係は必要です。ただ、人間関係が「タグ付け」の関係だけで満たされてしまうと、自分自身まで「タグ」で価値づけ、「こういう"教員"であるべきだ」など決め打ちされた役割に縛られかねない。タグの価値だけでつながった人間関係は、そのタグの価値が下がれば終わりです。

では、私たちの存在を「軌跡」(ライン)でとらえるとどうでしょう?

ここでいう「ライン」とは、イギリスの文化人類学者、ティム・インゴルドが、著書「ラインズ 線の文化史」で描き出した概念です。それを人間関係に置き換えて、私たちの人生は、これまでの経験や出会ってきた人々でかたちづくられているととらえ直せば、たどってきた道は、人それぞれに当然異なり、その軌跡こそが「自分らしさ」だと考えられるのではないでしょうか。


自分が他者に呼びかけられることで始まるという事実を認めつつ、でも自分の身体が他者の声で満たされないようにするには一体どうしたらいいでしょうか。あなたが描いてきたライン、そしてこれから描かれるであろうラインの行方を、ワクワクしながら面白がり、そしてあなたとともにラインを描いていこうとしてくれる他者に出会うこと。言い換えると、タグ付けする関係でなく、「踏み跡を刻む関係」を作り上げてくれる他者に出会い続けていくことです。(『ダイエット幻想──やせること、愛されること』より引用)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

イスラエル、ハマスが人質リスト公開するまで停戦開始

ワールド

韓国尹大統領に逮捕状発付、現職初 支持者らが裁判所

ワールド

アングル:もう賄賂は払わない、アサド政権崩壊で夢と

ワールド

アングル:政治的権利に目覚めるアフリカの若者、デジ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 3
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさかの密航者」をCAが撮影...追い出すまでの攻防にSNS爆笑
  • 4
    感染症に強い食事法とは?...食物繊維と腸の関係が明…
  • 5
    女性クリエイター「1日に100人と寝る」チャレンジが…
  • 6
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 7
    失礼すぎる!「1人ディズニー」を楽しむ男性に、女性…
  • 8
    フランス、ドイツ、韓国、イギリス......世界の政治…
  • 9
    本当に残念...『イカゲーム』シーズン2に「出てこな…
  • 10
    オレンジの閃光が夜空一面を照らす瞬間...ロシア西部…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 5
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 6
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 7
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 8
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 7
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 10
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中