原稿料代わりに吉原で豪遊⁉︎ 蔦屋重三郎が巧みに活用した「吉原」のイメージ戦略
吉原細見は定期刊行物ですから、蔦重にとって安定基盤になります。ある意味では、出版は水物的な部分もある商売です。流行り廃りが激しいからこそ、安定した収入源があれば、その他の新しい出版事業に打って出ることもできるわけです。
その後、蔦重は山東京伝らと組んで、さまざまな戯作を出版しましたが、売れるものもあるけれども、出版部数はそれほど多くなかったでしょう。そこまで儲かる商売ではなかったのではないでしょうか。ですから、半年ごとに新しく刊行して確実に売れる吉原細見は、蔦屋重三郎にとっては大切な財源でした。吉原細見を作っていくには当然、吉原の人たちの協力が不可欠です。吉原出身の蔦重に、吉原の人たちも全面的に協力してくれたのだと思います。
演出された吉原という空間
文化・流行の発信地であった吉原の魅力というのは、半ば作られたイメージだったのだろうと思います。吉原細見だけでなく、吉原を舞台とした戯作や遊女を描いた浮世絵などが作られ、イメージづけがなされました。そこに蔦屋重三郎も大きく関わっていました。
吉原は基本的には遊郭ですから、当然、性的な行為が目的としてあるわけですけれども、単にそうした行為をするならば、吉原の外の非合法でもっと安い岡場所に行けばいい。それでも高いお金を出して、江戸市中から離れた不便な場所にある吉原に人が集まるというのは、それだけ魅力的なイメージが出版物を通して形作られていたからでしょう。
吉原の客の多くは男性ですが、幕末へと時代が下っていくにつれ、女性連れの客も増えるようになりました。江戸見物の際にまず浅草の観音様に行くのが定番ですが、そこから吉原見物に行くというのも、定番の観光コースになります。男性だけでなく、女性も見学に訪れるような場だったのです。女性の感覚からすれば、ある種のテーマパークに行くようなものだったのかもしれません。浮世絵で見た綺麗な着物や化粧で着飾った遊女たちを、実際に見てみたいと思うわけです。
吉原を巧みに活用した蔦屋重三郎
蔦屋重三郎は戯作者たちにさまざまな戯作を書かせていますが、当時は原稿料や印税などを作者に払う慣習はありませんでした。戯作が流行した当初、作者たちは主に家禄をもらっている武士です。基本的に原稿料がなくとも食べていける一方、教養があり、戯作を書いてみたいという人たちです。ただし、食い扶持はあるとはいえ、吉原で遊べるほどのお金はない。そこで、蔦重が彼らを吉原に連れていって、宴会を催し、いわば接待をする。そのような関係を通じて、原稿の依頼をしていたのだと思います。原稿料は払わないけれども、それなりに作者たちにお金は使っていたのでしょう。蔦重の耕書堂で書けば、たまには吉原で遊ばせてもらえる。それが作者たちの一種の楽しみだったのかもしれません。
そう考えると、吉原のイメージ戦略に寄与するとともに、吉原という場所をうまく利用したのが、蔦重だったと言えます。彼は出版物で吉原の価値を高め、かつ人気スポットとなった吉原のイメージを活用して、新たな出版物を作っていく。持ちつ持たれつの関係、今で言えば、ウィンウィンな関係だったというわけです。
2025年放映のNHK大河ドラマ「べらぼう」では、蔦屋重三郎の生涯が描かれるわけですが、基本的に蔦重は自分のやりたいことを実現した人物だと思います。多くの人を巻き込んで、その才能を開花させてやりながら、自分のやりたいことを実現している。自分だけが儲けるのではなく、互いにウィンウィンの関係を作りながら、やりたいことをやった。自分だけのわがままを押し通すようなタイプではないと思います。
吉原という場所の魅力と価値を高め、一緒に仕事をする人たちを育てていく。基本的には蔦重と関わった人たちはみんな、彼に感謝しているのではないでしょうか。それは、現代のビジネスパーソンにとっても、参考になる生き方なのだと思います。
永井義男(ながい・よしお)
1949年福岡県生まれ。東京外国語大学卒業。『算学奇人伝』で第6回開高健賞を受賞し、本格的な作家活動に入る。主な著書に、『秘剣の名医』シリーズ(コスミック出版)、『江戸の性語事典』『吉原の舞台裏のウラ』(いずれも朝日新聞出版)、『江戸春画考』(文藝春秋)などがある。
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