最新記事
映画

「下手な女優」役でナタリー・ポートマンに勝てる者はいない...14年ぶりに見せた説得力

Nobody Plays a Bad Actress Better

2024年7月5日(金)16時10分
サム・アダムズ(スレート誌映画担当)
『メイ・ディセンバー』でエリザベスを演じるナタリー・ポートマンとグレイシーを演じるジュリアン・ムーア

『メイ・ディセンバー』でグレイシー(右)になり切ろうとするエリザベス役のポートマン(左) ©2023. MAY DECEMBER 2022 INVESTORS LLC, ALL RIGHTS RESERVED.

<「演じること」に向き合う役どころは『ブラック・スワン』以来。空虚なテレビ女優を映画『メイ・ディセンバー』で見事に演じる──(レビュー)>

すごい演技を見せられると、鏡に吸い込まれたような気分になる。自分の似姿が見えるわけではないが、そのキャラクターの心が読めた気がする。

だが、ナタリー・ポートマンの場合は違う。吸い込まれるどころか、固い鏡に鼻をぶつけてしまう。早くから才能を絶賛され、アカデミー賞も受賞したが、彼女は常に冷めた演技で観客を突き放す。


演じる役になり切る役者もいるが、ポートマンはいつも役の外側にいて、臨床医のような目で自分の役を観察している。楽譜には忠実だが心は空っぽの氷のような歌い手。そんな感じだ。

そんな彼女が最も素敵に見えるのは、自分と同じような状況に置かれ、与えられた役を演じようと努力はするが、「なり切る」には程遠い人物を演じるときだ。つまり、下手な女優を演じさせたら彼女の右に出る者はいない。

自分とは違う誰かを演じようとして必死に生きる人。そういう役をポートマンは一貫して演じてきた。

いい例が2016年の『ジャッキー/ファーストレディ 最後の使命』(主演)であり、04年の『クローサー』(助演、ストリッパー役)だ。

しかし最新作『メイ・ディセンバー ゆれる真実』(トッド・ヘインズ監督)のように演技という行為の本質に向き合う役柄となると、10年の『ブラック・スワン』以来だ。

本作でポートマンの演じるエリザベス・ベリーはテレビ女優。中学1年生の男子とセックスしたことで刑務所送りになった元ペットショップ従業員グレイシー(ジュリアン・ムーア)の半生を描く映画の主役に抜擢され、これを機に本格的な演技派に転身しようと意気込んでいる。

事件から24年、グレイシーは当時の男子生徒ジョー(チャールズ・メルトン)と結婚し、幸せに暮らしているように見える。2人の間に生まれた3人の子(最初の子は獄中で生まれた)の下の双子も、もうすぐ大学に入る。

これからは子供という緩衝材なしに2人きりで向き合う日々だ。そこへエリザベスが現れて、役作りのためと称して昔の話をあれこれ聞き出そうとする。触れたくなかった疑問が蒸し返される。あのとき13歳だったジョーとの性行為は本当に同意の上だったのか?

エリザベスは2人の揺れる心に付け込み、あらゆる機会を利用してグレイシーの装う歓迎の仮面に隠れた素顔をのぞき見ようとする。

エリザベスはグレイシーが刑務所で出産したときのニュースを報じる昔のタブロイド紙に目を通しながら、メモを読み上げる。「目は丸く......鋭く......開いているのに閉じていて......機械的、それとも何も感じてない?」

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正

ワールド

イスラエル政府、ガザ停戦合意を正式承認 19日発効

ビジネス

米国株式市場=反発、トランプ氏就任控え 半導体株が

ワールド

ロシア・イラン大統領、戦略条約締結 20年協定で防
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさかの密航者」をCAが撮影...追い出すまでの攻防にSNS爆笑
  • 3
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 4
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 5
    感染症に強い食事法とは?...食物繊維と腸の関係が明…
  • 6
    フランス、ドイツ、韓国、イギリス......世界の政治…
  • 7
    オレンジの閃光が夜空一面を照らす瞬間...ロシア西部…
  • 8
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 9
    「ウクライナに残りたい...」捕虜となった北朝鮮兵が…
  • 10
    強烈な炎を吐くウクライナ「新型ドローン兵器」、ロ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 5
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 6
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 7
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 8
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 7
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 10
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中