米誌映画担当、今年一番気に入った映画のシーンは『悪は存在しない』のあの20分間
Power of Public Forums
『民衆の敵』は社会悪を暴く作品だが、その結末は反民主主義的とも取れる。正しい道を知る賢人と、自分たちの利益にしか関心のない強力な策士の一派がいて、おおむね姿の見えない民衆は、その一派の思いどおりに動く。医師は無知な民衆をばかにしたために袋だたきに遭うが、彼が悪いわけではない。小さな町の政治を知らなかっただけだ。
水挽町では平凡な住民たちが最も多くの知識を持つ。だがその彼らも、いざとなれば崇高な理念よりも自分たちの生活を守るだろう。野生のシカと同様、生存が脅かされるまでは穏やかだが、脅かされたら何をするかは分からない。
あらゆる公の場が、SNSで有名になるためのオーディション会場と化すのを何年も見てきたせいかもしれない。参加者が敵と見なした一派を完膚なきまでにたたきのめすのではなく、共通の目的に向かって議論を積み重ねる──そんな本来の集会の在り方を目にすると、それだけでホッとする。そうでなくとも、人生は波瀾万丈なのだから。
Evil Does Not Exist
『悪は存在しない』
監督/濱口竜介
音楽/石橋英子
主演/大美賀均、西川玲
日本公開中(公式サイトはこちら)