選手の「脳」より大事なものが? なぜアメフトは頭部の保護に「不十分」なヘルメットを使い続けるのか
The Helmet’s Real Aim
ヘルメットの色やデザインはファンのアイデンティティーを支え、チームとの一体感を強める(NFLカンザスシティー・チーフスのファン) ANDREAS ARNOLDーPICTURE ALLIANCEーGETTY IMAGESーSLATE
<アメリカンフットボールでは、安全でもカッコ悪いギアは許されない。選手が直面する脳震盪の脅威より大切なのはブランディング>
科学者たちは欲求不満を募らせている。アメリカンフットボールで使われているプラスチック製のヘルメットでは、深刻な頭部外傷を防げないという科学的な証拠が次々と出てきている。それなのに、試合は今日も続いているのだ。
2022年3月にNFL(全米プロフットボールリーグ)は頭部の接触が多いポジションの選手に、トレーニングキャンプとプレシーズンの練習中にヘルメットの上から「ガーディアンキャップ」の着用を義務付けた。昨年3月からはレギュラーシーズンとポストシーズンでも接触を伴う練習で義務付けられ、対象となるポジションも増えた。
ガーディアンキャップとは、衝撃を吸収するソフトシェルのパッドでできたヘルメットカバー。NFLは22年9月に、着用により脳震盪(のうしんとう)の発生率が52%減少したと発表した(これには「お手盛り」の統計だという批判もある)。
しかしNFLや大学のチームは、不格好なガーディアンキャップのレギュラーシーズンでの使用を真剣に検討したことがない。そして科学者は、この装具がNFLで全面的に採用されたとしても、安全面に意味のある変化をもたらすとは考えていない。
フットボールの歴史の初期から続くこの問題について、医学界は社会の認識を高めようと努力を続け、近年は脳震盪の危険性が広く知られるようになった。大きなきっかけは、1970年代から80年代にNFLで活躍したマイク・ウェブスターが02年に50歳で死亡し、解剖の結果、慢性外傷性脳症(CTE)と診断されたことだ。今ではアメリカ人の大半が、フットボールは安全ではないと考えている。
ただし、フットボールの危険性や、最新モデルのヘルメットにも科学的な効果はないといった冷静な議論は、肝心なことを見逃している。多くのファンにとってヘルメットとそのロゴは、ある意味、その下にある脳より大切なのだ。
テレビで映えるデザイン
プラスチック製ヘルメットの側面のスペースは80年以上前から、高校や大学、NFLチームの本拠地など、アメリカのコミュニティーを定義するシンボルを描くキャンバスになっている。哲学者のエリン・ターバーが言うように、「熱心なスポーツファンの世界は......アメリカ人が個人とコミュニティーのアイデンティティーを創造して強化する主な手段」であり、ヘルメットのロゴはその要だ。
ミシガン大学の「翼の生えた」ヘルメットやダラス・カウボーイズの星など、ヘルメットのデザインは選手、ファン、そして消費者を引き付けてやまない。数万人の学生、数十万人の卒業生、数百万人のファンを擁する公立大学や、市民や地域の誇りを背負う数十億ドル規模のクラブの象徴となり、途方もない価値を生むブランドの重要なアイコンとなっている。