最新記事
映画

「老いてなお、最高傑作」...巨匠スコセッシが挑む新境地、映画『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』の凄み

A New Scorsese Masterpiece

2023年11月10日(金)14時20分
デーナ・スティーブンズ(映画評論家)

231107P50_SCO_02.jpg

連邦政府の捜査官(右、ジェシー・プレモンス)がヘイル(左)の陰謀を暴いていく APPLE TV+

老いてなお、最高傑作

冒頭から、アーネストとモリーの関係には2人が十分承知している経済的な要素がある。甘い言葉をささやくアーネストを、モリーはお金目当ての「ショミカジ(コヨーテ)」と呼んで素っ気なくかわす。

だがそれも一種の誘惑で、アーネストは笑いながら自分も贅沢な暮らしに価値を感じていることを認める。

こうした描写の積み重ねが、人種も社会的・経済的地位も違う2人の結婚生活が搾取の可能性に満ちているにもかかわらず、モリーとアーネストが愛し合っているという事実に説得力を与えている。だからこそ、この事実が後に本作のやるせない核心になるのだ。

サスペンス仕立ての原作と違い、本作はコミュニティーを引き裂くことになる連続殺人事件の裏の真実を終始隠そうとしない。

観客は冒頭からヘイルがアーネストを操るのを目の当たりにし、ひそかなたくらみとは裏腹にオセージの人々に好意的な言葉を口にするのを耳にする。

だがオセージの人々を殺して彼らの富をわが物にしようというヘイルの陰謀は、彼の影響力の及ぶ範囲を優に超え、地元の医師や葬儀屋、保険会社、郡や州や連邦政府の当局者まで巻き込んでいく。

後半、連邦政府が新設した「捜査局」(FBIの前身)が捜査に乗り出す。捜査官がバークハート家の戸口に現れた瞬間から、2時間余りに及んだ組織犯罪の中のラブストーリーは一転して法廷劇と化す。

意志薄弱なアーネストは力あるおじへの恐怖と、打ちひしがれ、家族に先立たれ、それでもなお夫を信じる妻へのゆがんではいても真実の誠実さとの間で、板挟みにもがく。

標準的な西部劇とは懸け離れた特異な雰囲気は俳優陣の演技のたまものでもある。グラッドストーン演じるモリーは物静かで注意深く控えめだが、映画に出てくる典型的な「インディアン」のように禁欲的でもなければふびんなほど辛抱強くもない。

スコセッシ作品の女たちは複雑さや説得力に欠けると批判されてきたが、グラッドストーンは彼が一緒に仕事をしてきたなかで最も直感的で巧みな演じ手で、モリーの描写は上出来だ。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米自動車関税、年6000億ドル相当対象 全てのコン

ビジネス

米、石油・ガス輸入は新たな関税から除外=ホワイトハ

ワールド

トランプ米大統領の相互関税、日本は24% 全ての国

ビジネス

米関税強化、新興国社債の36%に「重大な」影響
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    あまりにも似てる...『インディ・ジョーンズ』の舞台になった遺跡で、映画そっくりの「聖杯」が発掘される
  • 2
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2…
  • 5
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 6
    イラン領空近くで飛行を繰り返す米爆撃機...迫り来る…
  • 7
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 8
    博士課程の奨学金受給者の約4割が留学生、問題は日…
  • 9
    【クイズ】アメリカの若者が「人生に求めるもの」ラ…
  • 10
    トランプ政権でついに「内ゲバ」が始まる...シグナル…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 5
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 6
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 7
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2…
  • 8
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 9
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 10
    なぜ「猛毒の魚」を大量に...アメリカ先住民がトゲの…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 3
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中