最新記事
文学

ガルシア=マルケスの発明「詩的歴史」と後継者たち──ゴールデンウィークに読破したい、「心に効く」名文学(3)

2023年5月5日(金)11時25分
ニューズウィーク日本版ウェブ編集部
ガルシア=マルケス

ガルシア=マルケスの1周忌に書店のイベントとしてファンからのメッセージが添えられた(2015年、メキシコシティ)Henry Romero-REUTERS

<つらい過去や不運な今を断ち切ることはできるのか? 小説が教えてくれる、「運命」との付き合い方について>

※ ルイス・キャロルが児童文学に加えた「心地よい魔法」とは?──ゴールデンウィークに読破したい、「心に効く」名文学(2) から続く。


人が物語に救われてきたのはなぜか? 文学作品が人間の心に作用するとき、我々の脳内では何かしらの科学変化が起きているのだろうか。

版権の高騰がアメリカで話題となった、世界文学を人類史と脳神経科学でひも解く、文理融合の教養書『文學の実効 精神に奇跡をもたらす25の発明』(CCCメディアハウス)より第20章「未来を書き換える」を一部抜粋する。

◇ ◇ ◇

ボルヘスを再発見した『百年の孤独』

『アステリオーンの家』は850語にも満たない短編小説、『変身』はおよそ1万9000語から成る短めの中編小説だが、『百年の孤独』は14万4000語以上に及ぶ叙事詩である。

この叙事詩的な長さから、詩人のかつての発見を再々発見しようとするガブリエル・ガルシア=マルケスの並々ならぬ野心が読み取れる。まずは詩人が、言葉を言い変える方法を発見した。

次いでカフカやボルヘスが、世界をつくり変える方法を発見した。そしてマルケスは、それをさらに発展させた。

詩的言語と詩的物語というかつての発明を利用して、詩的歴史という新たな発明を生み出した。それは読み手の集合記憶を別のものに置き換え、読み手がどこから来て、それぞれどこへ向かうことが可能なのかを再学習するよう促す。

この置き換えは、『百年の孤独』の冒頭の一文から始まり、最初の章全体を通じてその範囲を広げていく。それにより読み手は、一連の「幻覚的体験」に引き込まれ、そのなかで否応なく「想像力(中略)の限界を極限にまで」高めていく。

旅まわりの一家が持ってきた姿が見えなくなる薬、ブタの尻尾が生えた少年、空飛ぶじゅうたんをまのあたりにすることでドーパミンが放出され、可能性に満ちた軽い興奮で脳が満たされる。

この軽い興奮が始まると、読み手は積極的な再発見へと向かう。大佐の父親とともに絡み合ったシダを切り開きながら進み、海から離れた内陸に鎮座するスペインのガリオン船を見つける。これも明らかに幻覚的体験である。だが......。
  
数年後、アウレリャノ・ブエンディア大佐は再びこの地を通った。そこはすでに定期的な郵便ルートになっており、ガリオン船はもはや、ケシの野原に焼けた骨組みが残るのみとなっていた。そのとき初めて大佐は、あの話が父親の想像の産物ではなかったことを知り、ガリオン船を内陸のこの地点までどうやって運んだのかと思った。
  
大佐が父親の最初の発見を再発見したとき、読み手もまた、そこで立ち止まり、新鮮な目でそれを見つめるよう促される。その休止のなかで、既存の重力の法則を再考し、かつてはとても不可能と思われた船の旅に心を開いていく。

緑のジャングルを通り抜け、オレンジのように丸い世界を進んでいく船の旅である。

キャリア
企業も働き手も幸せに...「期待以上のマッチング」を実現し続ける転職エージェントがしていること
あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

途上国に債務危機リスク、救済策不可欠=UNDP報告

ビジネス

米経済、実態は「ぜい弱」 前政権の過剰支出が原因=

ワールド

英首相、27年までに防衛費2.5%に増額表明 トラ

ビジネス

ECB金利、制約的か不明 自然利子率は上昇=シュナ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:破壊王マスク
特集:破壊王マスク
2025年3月 4日号(2/26発売)

「政府効率化省」トップとして米政府機関に大ナタ。イーロン・マスクは救世主か、破壊神か

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    富裕層を知り尽くした辞めゴールドマンが「避けたほうがいい」と断言する金融商品
  • 2
    細胞を若返らせるカギが発見される...日本の研究チームが発表【最新研究】
  • 3
    障がいで歩けない子犬が、補助具で「初めて歩く」映像...嬉しそうな姿に感動する人が続出
  • 4
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 5
    日本人アーティストが大躍進...NYファッションショー…
  • 6
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 7
    見逃さないで...犬があなたを愛している「11のサイン…
  • 8
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 9
    国連総会、ウクライナと欧州作成の決議案採択...米露…
  • 10
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    細胞を若返らせるカギが発見される...日本の研究チー…
  • 5
    障がいで歩けない子犬が、補助具で「初めて歩く」映…
  • 6
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 7
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 8
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 9
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 10
    富裕層を知り尽くした辞めゴールドマンが「避けたほ…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中