最新記事
映画

孤独な男にしては来客が多過ぎ──主役の演技が光る故にもったいない映画『ザ・ホエール』

Terrific in a Terrible Film

2023年4月8日(土)10時13分
デーナ・スティーブンズ(映画評論家)

230411p50_HEL_02.jpg

死期を悟ったチャーリーは自分がかつて捨てた娘(写真)との絆を取り戻そうとするのだが ©2022 PALOUSE RIGHTS LLC.    ALL RIGHTS RESERVED.

まるでモンスター映画

肥満による心不全で余命わずかと知ったチャーリーはリズの定期的な訪問以外の治療をかたくなに拒み、それが一種の消極的自殺であることにリズも観客もすぐに気付く。

ただし自殺の手段は薬やカミソリではなく、テレビの前で独りで平らげる大量のフライドチキンだ。

前半の1時間は大部分、チャーリーの日常がセンセーショナルに描かれる。床から物を拾うにもマジックハンドが必要で、天井からぶら下げたフックがないとベッドから起き上がれない!

サミュエル・D・ハンターの脚本(2012年上演の舞台劇を作者のハンター自ら脚色)はチャーリーを一種のキリストのように描いたが、彼が自分を犠牲にして誰を、あるいは何を救おうとしているのかははっきりしない。

彼の肉体的・精神的な苦しみが前面に押し出され、それが図らずも滑稽な域に達することも。

例えば、自分のような肥満体の男が受ける侮辱の数々を挙げながらある訪問者に飛びかかる際、ロブ・シモンセンによる音楽はワンシチュエーションの室内劇の性格描写よりもモンスター映画にふさわしい。

チャーリーが自殺行為に走って冷蔵庫の中身をほぼ食べ尽くすシーンは見るに堪えず、アロノフスキー監督作品で薬物依存症の怖さを描いた『レクイエム・フォー・ドリーム』(見るに値する意味も美点もない作品で頭にきた)を思い出した。

本作もマゾヒスティックな傍観者であることに取りつかれている。チャーリーが苦しむ姿を見るのは共に苦しむためだが、同時にチャーリーに苦しみを肩代わりさせるためであり、ひょっとすると私たちの好奇心を満足させるためなのかもしれない。

フレイザーは、自身の20歳の長男が自閉症で肥満であることもチャーリーを演じるのに役立ったと明かす。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

韓国尹大統領に逮捕状発付、現職初 支持者らが裁判所

ワールド

アングル:もう賄賂は払わない、アサド政権崩壊で夢と

ワールド

アングル:政治的権利に目覚めるアフリカの若者、デジ

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 3
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさかの密航者」をCAが撮影...追い出すまでの攻防にSNS爆笑
  • 4
    感染症に強い食事法とは?...食物繊維と腸の関係が明…
  • 5
    女性クリエイター「1日に100人と寝る」チャレンジが…
  • 6
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 7
    失礼すぎる!「1人ディズニー」を楽しむ男性に、女性…
  • 8
    フランス、ドイツ、韓国、イギリス......世界の政治…
  • 9
    本当に残念...『イカゲーム』シーズン2に「出てこな…
  • 10
    オレンジの閃光が夜空一面を照らす瞬間...ロシア西部…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 5
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 6
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 7
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 8
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 7
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 10
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中