戦国武将マンガの金字塔『花の慶次』、原哲夫はジャンプ連載時「苦しかった記憶しかない」
「これも隆先生から薦められました。先生は戦争に召集された際、戦地で『葉隠』を読むことで、心の平静を保っていたとか。書かれているのは武士の心得ですが、それが私の心にも刺さったのです。たとえば、苦しく逃げ出したくなるような場でも、あえて火中へ飛び込むことで活路が開けるなど、もがきながら描き続けていた自分にも、心の拠りどころとなりました。また、慶次も当然そうした行動規範で生きてきた武士でしょうし、原作には記されていない慶次の思考や行動を理解して描く上でも、大いに役立ちました」
戦場での豪快な武勇や忍術使いとの戦いなど、虚実が入り混じる見どころ満載の本作だが、自身が「一番の山場」と断言するのが、聚楽第(じゅらくてい)での秀吉との謁見の場面。
ここで慶次は、平伏するも正面を向いているのは髷(まげ)だけで、顔は横を向くという反忠誠の意を示し、さらには、あろうことか尻の赤い袴を履いて猿踊りを披露するという、暗殺を試みつつ傾いてみせるシーンが描かれている。
「連載開始当初から、このシーンをひとつのピークに設定していました。ここへたどり着く前に打ち切りになったら、隆先生にも申し訳がたたないと必死でした」
原さんが本作で真に描きたかったのは、慶次が信念を貫き傾く理由。それは、戦国武将が重んじた「義」の心であり、武士ならではの美学であるという。
「慶次の生き方はある意味、負けの美学であり、負け方にも美意識を見出すものです。連載当時アンケートが振るわなかったのは、少年誌の若い読者にその心持ちが伝わらなかったのかもしれません」
本作には伊達政宗に真田幸村、直江兼続と、名だたる武将たちも登場し、戦国ファンを楽しませてくれている。連載当時からコアなファンはいたが、再注目されたのは、連載終了から10年ほど経って遊技機のキャラクターに採用されたことがきっかけだ。
「現在もシリーズ作『花の慶次 かぶき旅』を連載しています。かつて撒いた種が、時を経て芽を出し、花開いたという感じでしょうか」
豪快に傾き、義に生きる前田慶次。胸がすくようなその活劇を、今後も読み続けたい。