最新記事

映画

監督が明かす『ラーゲリより愛を込めて』制作秘話 シベリア抑留者たちの息遣いを探して

ORDEAL IN SIBERIA

2022年12月8日(木)19時15分
瀬々敬久(映画監督)

magSR20221208ordealinsiberia-5.jpg

収容所にはさまざまな人がいた ©2022映画「ラーゲリより愛を込めて」製作委員会 ©1989 清水香子

苦しむのはいつも無名の人々

国家と国家の争いが戦争なら、その後に続く戦後問題も国家間の駆け引きに左右されざるを得ない。シベリア抑留があの無残とも言える長期にわたったのはそこが原因だったのではないか。

ネイション・ステイト=国家は見えない概念だ。国境も暫定的なものであり実体はない。それら実体のないものを実体あるものとしたいがために戦争は起こるのか。そして、その下で常に犠牲になるのは、そこで生きる人々だ。

人々は実体だ。隠岐の海に面した集落で生まれた山本幡男さんの流浪の人生は、実体だらけだ。とっておきの話に代表される妻モジミさんの戦後の人生も実体だらけだ。

だからこそいつも思う。映画は弱い庶民の側から描くことが大事なのではないか。

シベリア抑留の問題に関しては、忘れてはいけない歴史がもう一つある。

終戦の27年前の1918年、第1次大戦の連合国の一員として日本はシベリア出兵に参加した。名目は革命軍に囲まれたチェコ軍の救出だったが、共産主義の封じ込めが主な狙いだった。

目的のない無駄な出兵と揶揄されたが、日本は撤兵協定後も居座り続け、アメリカからの不信感さえ買ってしまう。日本の言い分は満州や朝鮮への影響を防ぐためだったが、1922年にやっと撤兵。3500人の死傷者を出した上、日米関係、日ソ関係の悪化を招いた愚行だった。

出兵したのは貧しい小作農の息子たちで、人手を失った貧困農家はますます貧しくなってしまう。折しもスペイン風邪の流行と重複してしまった。そして1923年には関東大震災。朝鮮人や社会主義者に対する虐殺が、シベリア出兵の経験者を含む退役軍人らで組織された自警団なる集団によって行われた。

このような歴史の流れを見ていると、日本だけが犠牲者だったとする考えにはある危険性がある気がする。それよりも重要なのは再び過ちを繰り返さないことではないか。

新しい疫病と自然災害による打撃、そしてナショナリズムの台頭。第2次大戦前夜の様相に今の状況は酷似している。苦しませられるのは、いつだって無名の人々なのだ。

瀬々敬久(映画監督)
京都大学文学部に在学中、自主制作映画で注目される。1989年に監督デビュー。『ヘヴンズ ストーリー』(2010年)がベルリン国際映画祭の批評家連盟賞などを受賞。『64-ロクヨン-』『菊とギロチン』『護られなかった者たちへ』『とんび』などを手がける。


●『ラーゲリより愛を込めて』
12月9日公開
監督/瀬々敬久
出演/二宮和也、北川景子、松坂桃李、中島健人

第2次大戦終戦後、朝鮮半島や満州にいた多くの日本人がシベリアなどソ連各地の強制収容所(ラーゲリ)に抑留された。過酷な日々のなか、帰国(ダモイ)の日を信じて仲間を励まし続けたのが山本幡男(二宮和也)。ロシア語に通じ、ラーゲリで句会を開催するなどした山本は、捕虜たちの心に希望の灯をともしていく。

『ラーゲリより愛を込めて』公式サイト

20250121issue_cover150.png
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年1月21日号(1月15日発売)は「トランプ新政権ガイド」特集。1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響を読む


※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

韓国尹大統領に逮捕状発付、現職初 支持者らが裁判所

ワールド

アングル:もう賄賂は払わない、アサド政権崩壊で夢と

ワールド

アングル:政治的権利に目覚めるアフリカの若者、デジ

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 3
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさかの密航者」をCAが撮影...追い出すまでの攻防にSNS爆笑
  • 4
    感染症に強い食事法とは?...食物繊維と腸の関係が明…
  • 5
    女性クリエイター「1日に100人と寝る」チャレンジが…
  • 6
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 7
    失礼すぎる!「1人ディズニー」を楽しむ男性に、女性…
  • 8
    フランス、ドイツ、韓国、イギリス......世界の政治…
  • 9
    本当に残念...『イカゲーム』シーズン2に「出てこな…
  • 10
    オレンジの閃光が夜空一面を照らす瞬間...ロシア西部…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 5
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 6
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 7
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 8
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 7
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 10
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中