監督が明かす『ラーゲリより愛を込めて』制作秘話 シベリア抑留者たちの息遣いを探して
ORDEAL IN SIBERIA
苦しむのはいつも無名の人々
国家と国家の争いが戦争なら、その後に続く戦後問題も国家間の駆け引きに左右されざるを得ない。シベリア抑留があの無残とも言える長期にわたったのはそこが原因だったのではないか。
ネイション・ステイト=国家は見えない概念だ。国境も暫定的なものであり実体はない。それら実体のないものを実体あるものとしたいがために戦争は起こるのか。そして、その下で常に犠牲になるのは、そこで生きる人々だ。
人々は実体だ。隠岐の海に面した集落で生まれた山本幡男さんの流浪の人生は、実体だらけだ。とっておきの話に代表される妻モジミさんの戦後の人生も実体だらけだ。
だからこそいつも思う。映画は弱い庶民の側から描くことが大事なのではないか。
シベリア抑留の問題に関しては、忘れてはいけない歴史がもう一つある。
終戦の27年前の1918年、第1次大戦の連合国の一員として日本はシベリア出兵に参加した。名目は革命軍に囲まれたチェコ軍の救出だったが、共産主義の封じ込めが主な狙いだった。
目的のない無駄な出兵と揶揄されたが、日本は撤兵協定後も居座り続け、アメリカからの不信感さえ買ってしまう。日本の言い分は満州や朝鮮への影響を防ぐためだったが、1922年にやっと撤兵。3500人の死傷者を出した上、日米関係、日ソ関係の悪化を招いた愚行だった。
出兵したのは貧しい小作農の息子たちで、人手を失った貧困農家はますます貧しくなってしまう。折しもスペイン風邪の流行と重複してしまった。そして1923年には関東大震災。朝鮮人や社会主義者に対する虐殺が、シベリア出兵の経験者を含む退役軍人らで組織された自警団なる集団によって行われた。
このような歴史の流れを見ていると、日本だけが犠牲者だったとする考えにはある危険性がある気がする。それよりも重要なのは再び過ちを繰り返さないことではないか。
新しい疫病と自然災害による打撃、そしてナショナリズムの台頭。第2次大戦前夜の様相に今の状況は酷似している。苦しませられるのは、いつだって無名の人々なのだ。
瀬々敬久(映画監督)
京都大学文学部に在学中、自主制作映画で注目される。1989年に監督デビュー。『ヘヴンズ ストーリー』(2010年)がベルリン国際映画祭の批評家連盟賞などを受賞。『64-ロクヨン-』『菊とギロチン』『護られなかった者たちへ』『とんび』などを手がける。
●『ラーゲリより愛を込めて』
12月9日公開
監督/瀬々敬久
出演/二宮和也、北川景子、松坂桃李、中島健人
第2次大戦終戦後、朝鮮半島や満州にいた多くの日本人がシベリアなどソ連各地の強制収容所(ラーゲリ)に抑留された。過酷な日々のなか、帰国(ダモイ)の日を信じて仲間を励まし続けたのが山本幡男(二宮和也)。ロシア語に通じ、ラーゲリで句会を開催するなどした山本は、捕虜たちの心に希望の灯をともしていく。
『ラーゲリより愛を込めて』公式サイト
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