最新記事

フィギュアスケート

「呼吸一つでさえも、芸術」多くの人を救う、羽生結弦の演技の魅力とは?

2022年11月4日(金)08時06分
ヒオカ(ライター)

jpp016283657-20221025.jpg

「くしゃっとした笑顔。このあざとさ。天使なのか? 妖精なのか??! 羽生くんっっっ!」(ヒオカ氏談)『羽生結弦 アマチュア時代 全記録』58頁より ⓒEPA=時事


曲がかかれば、その曲の世界観に完全に入り込む。そしてその本来の曲の世界観以上のものを、彼は作り出してしまう。

「春よ来い」というプログラムがある。何度か披露されているが、印象的だったのは北京五輪でのエキシビジョンだった。優勝すれば94年ぶりの3連覇という、前代未聞の重圧を背負いながら、怪我の痛みとたたかった。

彼が納得の行く演技ができるのが一番だ。

そう多くのファンは思ったことだろう。でも、実際はあらゆる困難が襲った。リンクの穴にハマるハプニングもあった。そして4位という結果だった。

もしかしたら最後の五輪かもしれない。誰よりも完璧を追求する彼は、今回の五輪をどう捉えているのだろう。それはだれにも分からない。しかし、怪我の痛みもあるだろうし、きっと様々な考えが溢れ出し駆け巡っていることだろう。そんな中、滑ってくれるだけで十分、いやそれ以上だ。そう思っていた。そわそわした気持ちで、エキシビジョンの演技をテレビの前で待っていた。

しかし、彼がポジションについて音楽がかかった瞬間、息を飲んだ。そこにいたのは間違いなく、いつもの「羽生結弦」だった。空気を操り、空間に命を吹き込む。そんな羽生結弦という人間だ。

繊細なピアノの音にあわせ、見上げた顔は穏やかだった。まるでつぼみが開き、薄く透き通った花が揺れるように、たおやかに舞う。

春って羽生くんが連れてきてたんだ。

そんなことを思った。冬の寂寥感に、春の始まりの淡い彩りと瑞々しい香りが染み込んでいくように。春の何とも言えない切なさや色んなものが始まるソワソワしたあの感じ。あたたかい季節が始まる胸の高鳴り。大地や草花の芽吹きや華やぎ。

そんな、「冬と春の間」の複雑な空気感を、完璧に表現してる。絶妙、いや超絶な緩急のつけかたに、目を奪われる。どこまでも優しく優しく、しなやかに。腕や手先を繊細に使い、風のように、そして風で揺れる一輪の花のように、軽やかに舞う。

ここぞという時、ためたあと音楽はしっかりと、つよく、地を踏みしめ、根を張るように、突き上げるように鳴り響く。それに合わせ、彼もまるで何かから解放されたように、躍動する。音楽と共に、澄み渡った空気、穏やかな風がなだれこんでくる。

そして私の心も揺さぶられる。胸の奥が熱くなり、なにかがとめどなく溢れ出す。 気が付けば目には大粒の涙がたまっていた。(この原稿を書きながらも、演技を見返して何度も泣いている)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

北朝鮮の金総書記、核戦争を警告 米が緊張激化と非難

ビジネス

NY外為市場=ドル1年超ぶり高値、ビットコイン10

ビジネス

米、ロシアのガスプロムバンクに新たな制裁 取引禁止

ビジネス

米国株式市場=上昇、ダウ・S&P1週間ぶり高値 エ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対する中国人と日本人の反応が違う
  • 2
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱が抜け落ちたサービスの行く末は?
  • 3
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 4
    【ヨルダン王室】生後3カ月のイマン王女、早くもサッ…
  • 5
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 6
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 7
    ウクライナ軍、ロシア領内の兵器庫攻撃に「ATACMSを…
  • 8
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    若者を追い込む少子化社会、日本・韓国で強まる閉塞感
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 3
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 4
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 7
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 8
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 9
    メーガン妃が「輝きを失った瞬間」が話題に...その時…
  • 10
    中国富裕層の日本移住が増える訳......日本の医療制…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 7
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 8
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 9
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
  • 10
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中