「呼吸一つでさえも、芸術」多くの人を救う、羽生結弦の演技の魅力とは?
「見よ、この絶対的王者感。これぞ羽生結弦様」(ヒオカ氏談) 『羽生結弦 アマチュア時代 全記録』223頁より ⓒAFP=時事
<「生の演技を一度見たら最後、以前の自分には戻れない」。本来の曲の世界観以上のものを作り出してしまう、世界最高峰の氷上の表現者・羽生結弦の魅力について、今注目の若手論客ヒオカ氏が語る>
静まり返った空間に、弧線や円、螺旋が描かれる。その線はよどみなく、力強く、繊細だ。無機質な世界が、どんどん染め上げられていく。彼のステップを踏む足が着地するその場所から、彼が手を差し出すその先から、見たことのない世界が広がっていく。
彼に合わせて世界が鼓動する。
彼は人であるけれど人を超えた存在。
それが、羽生結弦である。
音楽に合わせて踊ることに長けた人は、世の中にきっと多くいる。しかし、羽生結弦という人は、音楽に合わせるというより、もはや彼自身が、音楽そのものなのではないかと思うほど、緻密に、完璧に音楽を表現する。
指先までのすべての神経を使って、彼は表現する。呼吸一つでさえも、芸術である。次々と繰り出される彼の表現は、いつもこの世の常識を鮮やかに塗り替えていく。彼の演技を見るたび、「あぁ、この世界に、こんなにも素晴らしいものがあったんだ」と思うのだ。
彼は「憑依型」だと思う。曲ごとに、まるで人格まで変わったのではないかと思うほど、別人になるのだ。纏うオーラやたたずまいまでもががらりと変わる。
含みのある笑みも、カッと目を見開き前を見据えたときの迫力も、アンニュイで憂いをおびた儚い表情も、子どものような透き通った純心さも、流し目で振り向いた時のはっとするような色香やぞっとするほどの艶やかで凄みのある佇まいも、全てが心をつかんで離さず、虜になってしまう。リンクに立てば圧倒的な王者の風格を漂わせているのに、リンクの外ではあどけなく、けらけらとよく笑い、他の選手とよくじゃれあう。そして腰が低く徹底的に礼儀正しい。
そんな姿を見るたび、あぁ、羽生結弦も人間なのだ、と思う。そんな人間味あふれる姿も、また多くの人も心をつかんでやまないのだと思う。
『羽生結弦 アマチュア時代 全記録』
CCCメディアハウス[編]
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