イチローの英語が流暢なら、あの感動的なスピーチは生まれなかったかもしれない
『ニューヨークが教えてくれた "私だけ"の英語
"あなたの英語"だから、価値がある』
著者:岡田光世
出版社:CCCメディアハウス
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彼の英語の発音は、英語母語者のそれとは違う。そこまで流暢というわけではない。彼が愛してやまないであろう「Seattle」などの発音はとてもきれいだけれど、「video」は「ビデオ」とカタカナ英語だし、ところどころに日本語なまりがある。
でも、発音の正確さなど、もはやどうでもいいと思えるほどの力が、このスピーチにはあった。いや、流暢ではないからこそ、一つひとつ丁寧に誠実に重ねていく言葉が、逆に聞く者の心に刺さった。
それは、野球における彼の姿勢と重なる。一つひとつ丁寧に誠実に課題に挑戦し、壁を乗り越えていく彼の生き方と。
日本語なまりがあるけれど、いや、それだからこそ、日本の言葉や文化を背負った、日本人の魂を感じる。イチロー氏の言葉には、訴える力があった。思いがあった。まさに「サムライ英語」だった。
英語が得意でない日本人や、英語を母語としない人たちには、単語がつながり、抑揚のある流暢なアメリカ人の英語より、イチロー氏の英語の方が聞き取りやすいかもしれない。
スピーチのなかでイチロー氏は、通訳の家族や子どもたちまで紹介した。彼が自分の思いや考えを英語でファンに正確に伝えることを、いかに大切にしていたかがうかがえる。
イチロー氏のスピーチは、ユーモアにあふれていた。アメリカでは、ユーモアが日常生活においてもスピーチにおいても、大切とされる。
「英語」という観点から見て印象的だったのが、英語のネイティブ・スピーカーではないからこそのユーモアがあったことだ。英語がわからない「弱み」をユーモアに変え、ユニークで感動的なエピソードに仕立て上げた。
それは、おしゃべりなチームメートのジェイミー・モイヤー氏についてだった。
“When I first met you, you kept talking to me in English for 30 minutes. And I had no idea what you said. Now my English is a little better, but I still can’t understand most of what you say.”
(初対面の時、君は英語で30分間も一方的に僕に話し続けたね。何を言っているか、さっぱりわからなかった。英語は少しうまくなったけれど、今も君の言っていることは、ほとんどわからないんだ。)
このあとでイチロー氏は、モイヤー氏が49歳までプレーし続けたことを本当に尊敬している、と話した。
最初の頃は「日本へ帰れと毎日のように言われた」と、イチロー氏はインタビューで話している。吐くほどの苦しい思いをして、ひとり練習を重ねてきた。
2001年に27歳でメジャーデビューしてから2019年に引退するまで、19シーズンのうち14シーズンをマリナーズでプレー。メジャー1年目にアメリカンリーグの新人王、盗塁王、首位打者、MVPなどとなる。さらに10年連続200安打など、数々の偉業を残した。