アカデミー賞で大注目の『FLEE』、アニメだからこそ描けた「難民」の過酷な現実
Realist Animation
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ゲイで元アフガン難民のアミン(右)はデンマークで幸せをつかむ FINALCUTFORREAL
<登場人物の匿名性を保ちつつリアルな面を描き出し、見えないトラウマも絵で可視化。アニメの力が生きるドキュメンタリー『FLEE』>
今年の米アカデミー賞で、国際長編映画賞と長編アニメ映画賞、そして長編ドキュメンタリー賞に史上初めて同時ノミネートされた作品がある。デンマークの長編ドキュメンタリーアニメ『FLEE フリー』だ(ヨナス・ポエール・ラスムセン監督、日本公開は6月)。
なにしろ物語の力が強い。主人公は元アフガニスタン難民で、今はデンマーク国籍を持つアミン・ナワビ。学者で、ゲイであることを公表している。
ソ連(当時)の侵攻で生まれた社会主義政権と、イスラム系の反政府勢力ムジャヒディンが激しく争っていた1980年代、アミンは首都カブールで子供時代を過ごしていたが、やがて身の危険を感じた親に連れられて祖国を脱出。紆余曲折あって、ようやくデンマークで正式に難民と認定されるのだが、観客はその長く過酷な道のりをアミンの視点で追体験する。
ドキュメンタリーとアニメ。この組み合わせは奇妙に思えるかもしれない。一般には、アニメと言えばコメディーか子供向けの娯楽、あるいはファンタジーだ。
一方のドキュメンタリーは、目に見えるエビデンスを通じて社会的・政治的な現実を描き出すもの。アニメが現実逃避的で主観的なら、ドキュメンタリーは現実の写真や動画、文書などの裏付けにこだわり、一定の客観性を担保する。
だが、アニメで社会的・政治的なメッセージを発信する試みには長い歴史がある。既に1918年には、ドキュメンタリー映像にアニメが挿入された例がある。
近年では2007年の『ペルセポリス』や08年の『戦場でワルツを』など、紛争地帯の現実を描いて国際的な成功を収めたアニメ作品もある。『FLEE』と同じく、いずれも主人公の主観的な視点で戦争のトラウマを捉え直す手段として、アニメを用いていた。
80年代の話ながら現在と不気味に重なる
監督のラスムセンはアミンと学校が一緒で、その頃からの友人だ。この関係性がなければ、ここまで深く一人の難民の内面を描くことは不可能だった。
監督がセラピストのように語り掛けるから、アミンは自分の心を開くことができた。そしてアニメだからこそ、匿名性を保ちつつ「自分の顔」を見せることができた(言うまでもないが「アミン」は仮名だ)。
トラウマは目に見えないが、アニメなら主人公の脳裏に焼き付く衝撃の瞬間も絵で再現できる。その結果、『FLEE』は難民や同性愛者、イスラム教徒やアフガニスタン人に関する偏見を打ち破る力を持つことができた。
難民申請者の視点で描かれた映画は、当然のことながら、今の社会や政治家の発言にあふれる反移民感情に強く反発する。『FLEE』もそうだ。80年代の話でありながら、米軍の撤退とイスラム主義勢力タリバンの復活で大量に発生した難民を守れずにいる現在の状況と不気味に重なる。
今のデンマーク政府は移民に冷たい。昨年には、難民申請者をアフリカなどの第三国に移送し、そこで申請手続きをさせるようにする法案が可決された。デンマークの政治家よ、どうか『FLEE』を見てほしい。あなた方の国はかつて、こういう難民を温かく迎え入れていたのだ。
Yael Friedman, Principal Lecturer in film theory and practice, University of Portsmouth and Deborah Shaw, Professor of Film and Screen Studies, University of Portsmouth
This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.