あらゆる要素を詰め込んだ『ザ・バットマン』、繊細で陰鬱なヒーローの青春物語
The Endless End-full
子供の頃から心に傷を抱えてきたブルースとキャットウーマン(左)に絆が生まれる PHOTO BY JONATHAN OLLEY FOR WARNER BROS.-SLATE
<哀愁漂うミステリアスなハムレット風ヒーローが傷つきながら戦う(やや長い)3時間の物語は、これまでの作品とどう違う?>
『THE BATMAN─ザ・バットマン─』はタイトルの「ザ」が物語るとおり、バットマンらしい過剰主義が詰め込まれた3時間だ。
物語の舞台は、ブルース・ウェインがバットマンとして犯罪と戦うことを決意してから2年目。もっとも、原点回帰というより青春物語と呼ぶほうがふさわしいだろう。ロバート・パティンソン演じるブルースは、私たちがよく知っているコウモリ男より若くて傷つきやすい。
とんがり耳のフェイスマスクは、世間から自分を守るためでもあるようで、自宅でさえほとんど外さない。その陰気な屋敷には、ブルースが唯一信頼する執事のアルフレッドがいる(モーションアクターの名手アンディ・サーキスの話し方が、クリストファー・ノーラン監督の「ダークナイト」3部作で同役を演じたマイケル・ケインに聞こえるときもある)。
ゴッサム・シティの大物政治家が殺害されて、ブルースは刑事のジェームズ・ゴードン(ジェフリー・ライト)と共に、現場に残された謎のメッセージを解読する。
狂信的な知能犯のリドラー(ポール・ダノ)は、執拗に市政の腐敗を暴く。ブルースの今は亡き最愛の父が関与していた隠蔽工作も明らかになって、幼い頃に両親が殺されたトラウマがよみがえる。
効果的なニルヴァーナのバラード
あらゆる要素を詰め込む本作の美学のとおり、敵役もあふれ返っている。マフィアのカーマイン・ファルコーネ(ジョン・タトゥーロ)、臆病な地方検事のギル・コルソン(ピーター・サースガード)、犯罪組織のボスに上り詰める前のペンギン(エンディングのクレジットを見るまで、コリン・ファレルだと分からなかった)。
男ばかりの世界に登場するアンチヒロインのセリーナ・カイル(ゾーイ・クラビッツ)は、キャットウーマンとしてゴッサムの路地を徘徊していないときは、ペンギンのナイトクラブで働いている。
『バットマン・リターンズ』でミシェル・ファイファーが演じたセクシーな捕食者ではなく、残酷な子供時代を生き抜いた苦悩を抱える女性で、ブルースのソウルメイトになっていくのもうなずける。
荒廃した非道徳的なディストピアというゴッサムのイメージは「ダークナイト」に重なるところもあるが、監督のマット・リーブスは独自の映像センスを発揮。序盤の謎めいたショットが続くシーンは、雨にぬれた街並みやネオンに照らされた食堂が、エドワード・ホッパーの絵画のような孤独な世界を連想させる。
シンプルだが効果的なサウンドトラックは、2つの音楽を繰り返し使っている。シューベルトの「アベ・マリア」は短調の哀歌にアレンジされている。ニルヴァーナの物悲しいバラード「サムシング・イン・ザ・ウェイ」は、パティンソンが演じるカート・コバーン風のヒーロー像を際立たせる。
全体として、『ザ・バットマン』はテーマやストーリーよりムードやトーンを優先している。特にリーブスらしいのが、陰鬱な夜空を背景にしたバットマンのシルエットだ。ノーランが注目した現代の政治的寓話や、ザック・スナイダー監督の『ジャスティス・リーグ』のような筋肉ムキムキのアクションは好まない。