白人男性作家に残された2つの道──MeToo時代の文壇とメディアと「私小説」
『ヨガ』は反響を呼び大ベストセラーとなった。しかしこの年、フランス最高の文学賞であるゴンクール賞に輝いたのは『ヨガ』ではなく、エルヴェ・ル・テリエの『異常事態』だった。ユーモアSFミステリともいうべき、『ヨガ』とは正反対の痛快な奇想小説である。カレール、ル・テリエは白人男性作家の指向する二極を、それぞれよく具現してみせたというべきか。
ただし、『ヨガ』が思いがけず批判を浴びたことも最後に言い添えておかなければならない。カレールの離婚した妻が、自分との暮らしに関わることは書かないという約束をカレールが破ったとして強く抗議し、問題化したのである。
スプリンゴラが『同意』で糾弾した構図が、ここでも繰り返された形だ。問題の箇所は分量的に多くはなく、法的な係争には至っていない。しかし「私」とともに身近な人間をも作中に描き込まずにはすまないカレール的な筆法の根拠が、改めて問われたことは確かである。「噓をつかない」文学などありうるのか。カレールの彷徨はさらに続く。
野崎 歓(Kan Nozaki)
1959年生まれ。東京大学文学部仏文科卒業。同大学院中退。東京大学大学院総合文化研究科助教授、同大学院人文社会系研究科教授などを経て、現職。専門はフランス文学。主な著書に『ジャン・ルノワール 越境する映画』(青土社、サントリー学芸賞)、『赤ちゃん教育』(青土社、講談社エッセイ賞)、『水の匂いがするようだ──井伏鱒二のほうへ』(集英社、角川財団学芸賞)、主な訳書にサン=テグジュペリ『ちいさな王子』、スタンダール『赤と黒』、ヴィアン『うたかたの日々』(すべて光文社古典新訳文庫)、ネルヴァル『火の娘たち』(岩波文庫)など多数。映画評論、文芸評論も手がけている。
『アステイオン94』
特集「再び『今、何が問題か』」
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